表現できなくても、いいものはいい
床暖教があったら入信していそうと思うくらい、
私は床暖が好き。
妻に「暖房つけた方が部屋中暖かくなっていいじゃない」と言われたけれど、床暖を使うことを主張していきたい。
空気なのか湿度なのか分からないが、生活しやすい室内環境が整うので、なんかいい。この快適な生活空間のためなら、パーカーでも毛布でも喜んで着ようぞと思っている。
なんかいい と思っていることに気付けると、生活はちょっと楽になる。
最近、朝の目覚めの悪さを楽にしたくて、目を閉じながらストレッチやらヨガのポーズやらを試してみた。なんかよかった。
身体にどんな影響が出ているのか生物的な効果は全く知らないけれど、
頭のぼーっとが晴れていく感覚があるので、何かしらの効果はあるのだろう。
運動不足が気になって、日中に3分だけワークアウトを始めてみた。
理屈は分からないけれど、なんかよかった。
夜になっても活力が途切れないので、本を読んだり文章を書いたりする時間に充てることができる。嬉しい。
こういうことって、「どんなところがいいの?」とか「どうして?」などと私に聞かれても、説明できないと思う。
でもそれもいいかなと思うし、説明できるよりも、自分をよい状態にできる方法を知っていることのほうが、大事だと思う。
あ、あるとちょっと満足度が上がる点では、カレーの福神漬けに似ているかも。
どうせなら、私はやっぱり、福神漬けがある生活を送りたいなー。
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