タイトル未定です。逆噴射小説大賞2020に応募した「ブラックマンデー」の元ネタの一つを加筆修正した作品です

天候操作の気象衛星が残らず流星になって降り注ぎ、すぐに地上は極寒の世界になった。歴史の教科書に載っている他のことは全然覚えれないけど、そこはよく覚えている。いまや人類は地底人だ。

人のいない狭い通りに点々と設置された弱々しい灯りの街頭に、私の吐いた息が白く照らされ、解けて消える。隣の相棒は息を小刻みに吐き、それを見て遊んでいる。あんまりに能天気な姿を見せるので、それをやめさせてたくて話しかけた。
「あんた、射撃制御ソフトはIDAを使っていたっけ?」
「うん。あそこの月額安くて助かってるんだよね」
溜息を吐く。私は白く漂う息を眺め、口をもう一度開く。
「ニュースぐらい見といてよ。IDAの射撃制御ソフト、コードをゼネックス社とか複数の企業からの製品から違法に抜き出してたの。IDAは摘発されたわ」
「は?」
「認証キーはもちろん使えないから、あんたのストレージには文字通りゴミが詰まっている状態ね」
「ウソ!?  え!? あーホントだ! ウソォ」
ニュースを見たのか、ソフトウェアの認証キーの確認したのか、傍目にはわからない。依頼の確認をしながら、泣きそうになっている相棒の顔を横目に見る。
IDA社は他社に比べて圧倒的な安さで身体制御ソフトをサブスクリプションで提供していた。あまりの安さと、それに不釣り合いな出来の良さのソフトで評判だった。
蓋を開けてみれば、あらゆる競合会社のソフトのコードをコピーし合成していたというわけだ。よほど腕の良いハッカーとエンジニアがいたのか。
さらに驚くべきことにそこまでやってのけたIDA社に実体はなく、実際に社を運営していたのは片手で数えられる人数だろうと推察されている。
「ねえ、ローちゃん」
泣きそうな顔の相棒、フィー。こんな間抜けから早く手を切るべきかも。
「なんかロックかかって制御ソフト消せないんだけど……」
「訴えられて凍結されたんでしょ。それかウイルスが仕込まれていたか。脳洗浄いかないとね」
「今月キツイのに……」
「もう今日は帰れば? あんたソフトないと射撃からっきしじゃん」
「格闘は自前でなんとかなるから大丈夫だって!」
フィーは何故か得意げな顔になる。
「格闘は自前って……。あんた、まさか他も全部IDAだったの?」
「いやあこの前セールやってたから全部IDAにしちゃってたんだよねぇ。三か月無料って! 安いのにすごく使えるから気に入っていたにさぁ」
のんきな奴。呆れが特大の白い塊として口から出た。
「やっぱり帰ったほうがいい」
「ローちゃんを一人になんてできないよ!」
フィーがずいっと顔を近づけて言う。涙で長いまつげが濡れている。
「いや普通に死ぬでしょ」
フィーを押しのけようとするが、その手をフィーは猫のようにするりとかわし身体をくっつけてきた。ふざけているが、こいつの身のこなしは私が身体制御ソフトを使おうが敵わない。人間かこいつ?
「それにもう遅いって。二人で依頼も受けちゃってるし」
くっつかれて鬱陶しい。しかし引きはがそうと触ろうとすれば、またかわされてまとわりつかれるに決まっている。振り払おうとするだけ無駄だ。
「この依頼は私たちだけじゃないくて、かなりの人数が受けている。私が一人になるようならミコチのチームも受けているみたいだから、最悪誰か回してもらおう」
「冷たいなー。二人で報酬総取り目指そうよ」
なにが総取りだ。依頼はゼノックス社の研究室から資料を持ち逃げした研究員を確保してほしいという依頼だが、逃げ出した研究員はたったの一人。よほど見られたくないものを持ち出したか。こいつを捕まえるために多くの人間が動員されている。IDAのコピー事件の直後のゼノックスからの依頼。いやでも察しがつく。よほどの命知らずが事件の首謀者だったということか。しかし、ネストを仲介しているとはいえ部外者たちに恥となる社外秘に関わる依頼をするか。それに報酬の半分は先払い。金払いが良すぎる……。
「なにか来る」
フィーが呟きその身体が一瞬強張ったの感じた次の瞬間、飛び離れ物陰に消えた。
思考を切り替え、別の物陰に隠れる。
おそらくターゲットか。今のフィーの状況を鑑みればできれば当たりを引きたくなかったが…。嘆いても仕方ない。ターゲットがひ弱な奴だと助かるが。
≪やばいかも≫フィーからの通信。
≪まだ何も見えないけど≫
≪市街戦用のパワードアーマーの駆動音≫
≪クソ! 依頼にはそんな武装をしてるだなんてなかったぞ!≫
なけなしの熱光学迷彩を起動する。先ほどはすました顔でフィーの金欠ぶりを批判したが、同じような収入だ。財布の事情はあいつと変わらない。できれば使いたくなかった。
次の瞬間、ポンッと間が抜けた音が聞こえてきた。
緊張が走る。ドローンの射出音か。
先ほどまで立っていた通りの上を索敵用のドローンが飛んでいくのが見えた。
≪やっちゃおう。どうせ逃げ切れないよ≫
逃げ場がない故の決断だ。普段のあいつならしっぽを巻いて逃げている。嫌な予感がしたが、フィーと同感だ。
≪私が気を引く。一撃で決めて≫
≪もちろん。帰ったら報酬でおいしいものでも食べよう≫
私にもパワードアーマーの駆動音が聞こえだす。そいつは薄暗い通りの奥からごく普通に現れた。無骨なアーマーの塊が人型の影を成している。肩や腕に大口径の武装。重武装すぎる。他のチームやゼノックスの部隊は本当にこれを見逃したのか?
疑念が膨らむ。試されているような嫌な気分。だが、やるだけだ。
≪用意は?≫
≪いつでも≫
集中だ。相棒の返事とともにライフルを構え、スコープ越しに大男のようなシルエットを作るパワードアーマーを見る。一拍も置かず頭部のメインカメラに向けて、撃つ。
サプレッサーから金属をこするような音が響き、銃が暴れるのを抑えた。スコープの映す映像の中の大男の頭に火花が散り、同時に腕がこちらに向けて持ち上がるのが見えた。
肌が泡立つ。建物に隠れるという選択肢はない。あのサイズのパワードアーマーの装備する武装は、すべてをぶち抜き目標に到達する弾を放つ。
電磁バリアを出力最大で起動する。パワードアーマーの腕の武装からあまりに大きいマズルフラッシュが瞬き、暗がりが照らされた。
迫る死と緊張と集中によって体感時間が延びる。マズルフラッシュによって刹那にできたパワードアーマーの影から、相棒が飛び出すのを見た。手には単分子ブレード。電磁バリアが瞬く。
私は吹き飛んだ。


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