オレンジ(仮) part1

それは雲一つない空。青い。どこまでも続いていくようだ。手を伸ばそうにもきっと届かない。目に写っているのに、頭でもわかっているのに、触れることができそうにない。どこまであるのだろうか。今日の空は人生でも数えられるほどの、純粋で、奥深く、引き締まった空だ。
空のような青いパッケージのハイライトを一本取り出して、黄色の100円ライターで火をつけた。私の中に入ってくる。頭がぼーっとする。目を閉じて、深呼吸をする。オレンジ色だった。

人生を終えるのに、24歳という歳は、あまりにも早い。早すぎるが故に、深く落胆したり、絶望を感じている雰囲気は無かった。どこか明るく、明るいというよりは、その事柄をまだ、誰も受け入れてはいないように感じた。
「昔から、辛いとか嫌だとか、絶対人の前では言わなかったよな」
「俺たちが面倒なことは、全部あいつが引き受けてたもんな」
「そういうのが好きだと思っていたよ。あ、お母さん」
北野拓也は、藤田大樹と、まるで百貨店の開店時間前のを待っているような姿で、葬儀場の外にいた。葬儀が始まるのは12時からだ。まだ11時にもなっていない。大樹は早すぎるだろうと止めたが、こういう時は一番先に行くんだと、何故か張り切った拓也に連れられて、二人はここにいた。
ガラスの扉から見えるトイレの横の角から健太の母が、スーツを着たここの従業員であろう男の人と話ながらこっちに向かってきているのがわかった。拓也の姿に気がつくと、全身に纏った黒い衣装とは真逆の、明るい笑顔でこちらに歩いてきた。表情を何一つ買えない男の人が、重たい動きでしゃがみ、中から鍵をあけると、母が言った。
「もう、あの子。どこまで迷惑かけたら済むのってね。今度会ったら拓也くんと大樹くんからも言ってあげてね」
嘘偽りなく作られていない笑顔で、冗談なのか本心なのか、いつもと変わらないような声でそう言った。
「本当に急なことで、なんて言ったら良いのかわからないですけど、また、お家にお邪魔してもいいですか」
「もちろん。いつでも気にせずにみんな来ていいのよ。静かより、賑やかな方がいいんだから。おばさんも混ぜてもらおうかな」
明るい人だ。大学を留年することが決まった4年の冬、健太のうちに訪れた時に、健太から毎日聞かされていた留年の追い討ちのお知らせを、お母さんからまたら聞かされた時と同じようなトーンだ。はい、とさっきより威勢を失った声で拓也が答えて、下を向いていると、まだ準備が少しあるから、と言ってお母さんは男性が先に歩いて行った方について行った。寒いから中で待ってても良いと言われたが、迷うことも相談することもなく、2人は一歩も足を踏み入れずに、駐車場に停めた車に戻った。

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