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ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜


7 不知瓜


8月初め。酷暑。
苛烈な夏の陽がすでにじりじりとアスファルトを焼き付けている。空はまさに蒼く、白のクレヨンを強く塗り込めたようなくっきりした雲が立ち昇る朝。
久しぶりに早起きをし、昨年から借りている、20坪ほどの畑の手入れに行くことにした。

手入れの行き届かない畑は、ほとんど畑の体をなしていない。しかし私は野菜の栽培はさして興味がなく、土をいじりること自体がただ楽しいのであり、できれば勝手に野菜が自生しているような畑を理想としている。ただ、借りている土地の手前、あまり野放図にしておくわけにもいかず、一応は畑に仕立てておかなければならない。
5月の末にジャガイモを収穫し、一通り鍬で耕したのち、何を植えようかと思っていたとき、これまで溜め込んでいた種のことを思い出した。スイカやメロンなどの果物をはじめ、ゴーヤやピーマン、シシトウ、かぼちゃなど、調理の際に出た種を何か勿体無くてとっておく癖があリ、もう何年も溜め込んだ種が空き箱にいっぱいになっている。いつか植えようと思って捨てるに捨てられなかったが、中にはカビてきているものもあり、この際畑に蒔いてみることにした。
6月初め、畑の体裁を保つため、きゅうりやなすやズッキーニなどの夏野菜の苗を植え、残りのスペースに種をばら撒いておいた。

約2月が経ち、梅雨の間放っておいた畑は、ほとんど地面が見えないくらい鬱蒼と草が生い茂っていた。
苗から植えたきゅうりとズッキーニは畑を我が物顔にその葉を広げている。さて、草に負けず芽を出した根性のある種はいかに。
予想通り、かぼちゃが旺盛に生い茂り、つるをは這わせ、地面のほとんどを占領。唐辛子とピーマンらしき株ががかろうじて弱々しく草に塗れている。スイカやメロンは見る影はない。その他、草なのか何なのかほとんどわからない。まだじっと時期を見計らっている種もあるかもしれず、蒔いたところは土を掘り返さず、土表面の草だけを抜いておくことにした。

虫に刺され、汗だくになりながら草をかき分ける。
地面から熱気が上がってくるが、時折海の方から風が吹きぬけ、草を揺らす。時折手を止めて、腰を上げ、風に当たり、またかがんでは草の中に身を沈めるを繰り返す。
灼熱の太陽が中天に達し、そろそろ作業を終えようかと思った頃、かぼちゃのつるの間に見慣れない実を発見した。薄い緑色をしたラグビーボールほどの大きさで表面はちょうどマスクメロンのようにツルッとしている。

汗をしたたらせ、その実の付け根の茎を鎌の先に引っ掛け切り取り、持ち上げて眺めてみる。ずっしり中身が詰まった重さがある。熱した地面に腰掛け、水筒の冷えた麦茶を飲みながら、はて、これはなんだろうと、弄んでいると、(これはマクワウリではないか?)といつか食べたメロンと遜色ないあの甘い記憶を思い出した。

収穫時期を過ぎた太さ10cmほどのお化けきゅうりとズッキーニ数本、虫に食われた痛いげなナスと一緒に、その謎の実を持ち帰り、期待を胸に早速包丁で真っ二つに割った。
(なんだこれ)
硬い。包丁を入れた時の感触は想像していた感じではない。その断面を見るに、マクワウリとはどうも違う。マクワウリならメロンのように小さい種が中央にびっしりつまり、周りの果肉は完熟しておらずともスプーンですくえるくらいの柔らかさはある。
種を見るとまさにかぼちゃのそれに似ており、種の周りはやはりかぼちゃのように綿のような白っぽいゴワゴワしていた繊維が付いている。
(かぼちゃか・・)
やはり、あの過酷な環境で生き残るのは瓜は瓜でもかぼちゃの類であったのだ。
メロンの味を想像していたからなおさら落胆が大きい。しかし、こんなかぼちゃは見たことがない。
少し調べてみたが外見はまさにマクワウリに近く、このような薄緑のラグビーボール型のかぼちゃが見当たらない。果肉の部分は白くやや黄色味を帯びており、硬いが、ほじると繊維状にほどける。匂いはややかぼちゃに近いが青臭い。
指でほじり少し口にふくんでみる。味もそっけもない。食感はパサパサとしており、かぼちゃというよりは水分の抜けたきゅうりに近い。こういう時は検索はやめて弄んだ方が面白い。

昼寝から覚め、夕方、とりあえず煮てみることにした。
半分に切っておいた実を鍋に入れてグツグツ煮ている間、採ってきたお化けきゅうりをみじん切りにしてめんつゆに漬け込んで食べる山形のだしを作っていた。5本ほどのお化けきゅうりを大ボールに山ほどになるまでひたすら切り刻んでいて時を忘れ、ふと火にかけた鍋を思い出して中を見ると、かぼちゃらしきその実は黄色みが増し、中央の種のあったところが繊維状にほどけている。菜箸を刺して煮え加減を確かめると煮カボチャのように柔らかくなっていた。
やはり、かぼちゃの類に違いない。それではと、砂糖と醤油で煮つけることにし、菜箸とお玉で挟み、湯から一旦ひき上げようとした時、皮の部分がするっと実から剥がれた。そして、なんとか掬い上げようとして引っ掻き回した挙句、実はボロボロと解けるように崩れてしまった。その崩れた実が薄黄色の毛糸のように細長い繊維となり鍋の中にふわふわ浮いている。
(あ”ーー!)
ようやく気がついた。そう、これはそーめんかぼちゃだ。
いつか食卓に上がった、あの黄色いそーめんのようなもの。妻がもらってきたやつだったか、あれを出されて食べた時はそうめんのようにして食べるかぼちゃだと思い、それは大根のツマのように細くスライスしたものだと思っていた。しかし、これは繊維が糸状になっており、茹でると不思議、勝手にそーめんになるかぼちゃだったのである。

そういうことであった。ザルにあけて湯切りをし、流水で冷やしながらその毛糸状の繊維をほぐすと、まさにそーめんのようにほどけ、見た目は麺そのもになった。

ザルいっぱいになったそのかぼちゃのそーめんを試食。やはり、味も素っ気もなく、食感もいまいちである。食い方がいまいちわがらず酢醤油につけてみたが、たくさん食べれるようなものではない。どうやって食うのだろう。
調べれば早い話だが、暇だからもう少しいろいろ弄んで見るのもいい。


台所の窓の外、勘違いの夜の蝉が一匹、ジジッジジと笑っている。

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