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ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜


2 山中の悪行

自宅から車で10分ほどのところに標高200m足らずの低い山がある。その山中にトレッキングコースが敷かれていて、夜勤入りの日など、特に用のない日の午前中に行っては、約1時間ほど、ひとりただ歩いている。アップダウンが丁度よく、人知れず咲く山野草や木々の移ろいを愛でる楽しみとが相まって、この習慣はかれこれ数年続いている。
平日の山中をひとり歩くのは少し心細さもあるが、ある程度道が整備されており、手ぶらで気軽に歩けるから、トレッキングと言うほど大げさなものではない。ただ、道すがら沢を渡ったり、急な斜面や岩肌がむき出しになっているところもあり、街中の散歩では得難い体感があるのは確かだ。日々移ろいゆく植生は、足を踏み入れる度にその気配を変えており、一週間前にあれほど威勢良く蔓延っていた花が幻のように姿を消し、代わりにまったく別な花が一斉に咲いていたりする。春先の木々の芽吹きや秋の紅葉しかり、遠くから眺めているだけでは知られない繊細でしかも絶妙な変化にいつも魅了される。

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5月下旬。一週間ぶりに足を踏み入れると、やはり、ある一角に咲いていた小さな薄紫の花は一つとして見当たらなくなっており、代わりに、ヤマブキやツツジの花が所々に見受けられるようになっていた。その日は先週とはうってかわって肌寒く、空も薄曇りで、時折どこからか雨粒が風に乗って落ちてきた。少し空模様を気にしながらも、いつものように、ただ数歩前の地面だけを見定め、ただ足を動かす。歩行に合わせてウインドブレーカーの擦れる音がリズムを刻み、だんだん息使いが荒くなるにつれて、日々のどうでも良いことが浮かんでは消え、また浮かぶ。
コースの前半は下りが多く、傾斜に任せて足を生み出すと、必然と小走りになり、だんだん勢いが増す。そこで急に足を止めようとすると転びそうになるため、勢いに任せ次の足を出す。するとますます降る勢いが増し、いよいよ止まれない。次の一歩を誤って、散在する石ころや木の根の上に踏み外せば、ゴキリと捻挫しかねない。そんな危険を孕みながらも、忍者のように歩幅を小さくして駆け下りると、なぜか妙に面白くなって、走りながら笑いがこみ上げてくるのだった。
下りきったところで、谷の底につき、ようやく足を止める。そこから右回りに山の中腹をかすめ、しばらくは沢伝いに谷を登っていくことになる。
丸太を縛って作られた簡易的な橋を脇目に一度沢に降り、沢水で顔を洗って、石の上に腰掛け、汗を拭きながら一息ついた。沢のせせらぐ音を聞きながら上がった息が戻る頃、(あ、あれどうなったかな)と大事なこと思い出した。
一週間前にしでかしたちょっとした悪行についてである。

              
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この道を歩いていて人に出会うことはほとんどない。たまにノルディックウォーキングの中高年のグループに出くわすことがあるが、それも休日のことで、ごく稀なことだ。ただ、このコースのある区間だけは例外である。それは、この先の沢伝いに歩いて行くと出くわす水車区間である。
水車区間とは、沢にたくさんの水車か仕掛けてある区間のことで、この道のことを知って歩き始めた4、5年前にはすでに何個か小さな水車があったのは覚えている。沢に仕掛けるくらいだからそれほど大きなものではない。竹で水を引き、木製の小さな歯車をつけた小さな水車が、沢の音にかき消されるくらいの音でささやかにコロコロ回っているだけだった。初めの頃は、山の中で人知れず回り続ける水車が可愛らしく、風情を感じたくらいで、さして気にも留めていなかった。
しかし、それから年を追うごとに、徐々にその様相は変わっていった。水車の数が増え、その大きさは巨大化し、最近では直径2メートルぐらいのものまで現れた。その素材も竹や木製からプラスチックや金属に変わり、溶接を施したものまである。数が増えただけではない。大きい水車を回すだけの動力として、水を引くため、水道用の塩ビパイプや太いポリエチレンのホースを持ち込み、本格的に沢の流れまで変え始めた。
一体水車を作って何をしたいのか。何度か作業中の場面に出くわしたことがある。60代から70代ぐらいの3、4人のおじさんたちだった。おそらくは定年後の趣味としてやっていることだろうと察する。一度だけ軽く会話をしたことがあったが、「何でこんなんことしてるんですか」とは聞かなかった。聞かなくても知れており、要は、回したいからなんだろう。年を取るにつれ人は童心に帰るらしい。話からはそんな印象を受けた。
年々仰々しくなる水車を見ながら、(別に気にすることでもない)と自分に言い聞かせつつ、その区間をどこかやるせない気分を伴いながら歩いていた。中には壊れた水車の残骸があちこちに散らばっており、そのうちこの遊びも飽きられ、その始末を誰が行うんだろうという心配を抱きながら。
でも、(他愛のない遊びじゃないか)と気を楽にしながら、いつも後半の道をたどる。だが、その日は違った。


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コースのちょうど中間点に沢の分岐となっている少し開けた場所がある。そこに仔牛が寝そべっているような形の苔むした岩が御神体のように鎮座している。私はいつもベコ石と立て札があるその岩を崇めるようにして、近くの切り株で休憩することにしていた。そこにも水車区間が押し寄せており、合わせて作ったらしい鹿おどしが二機、カコン、カコンと鳴り響いている。
目の前の沢には丸太2本でこしらえた橋が掛けてあり、それを渡ると後半の登りに入る。後半に備えて少し休憩をしつつ、沢の流れを見ていると、やはり、水道パイプで引き寄せられていく水の流れが気になってきた。そして、ふと橋を渡らず、何気なくそのまま沢の奥へ進んだ。


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それは見るに耐え難い光景だった。
沢に水がない。枯れているのである。水パイプは沢の水の一部を引いているのではなく、沢の水全部を吸い取っていたのだ。
見ると、そこには堰が作られ、一度流れを完全に止めてから、パイプに水が集約されるようにされていた。そしてそのパイプは20メートルほどの区間の沢を枯渇させてのち、水車をただ回すためだけに固定されている。
何度か試作したのだろう。針金や鉄パイプを組み合わせ、頑丈に作られていた。
(いらんことしやがって…)
私は思わず、沢に飛び降りた。
そして、水しぶきを上げながら、そのパイプの先までたどり着くなり、力任せにパイプを水から引き上げた。
堰は崩壊し、茶色く濁った堰の水が無数の筋となって染み出て行いく。
(ざまーみやがれ!)
しばらくして、水車の一つが回る音が止んだ。下流の鹿おどしの音だけが変わりなくなり続けている。
堰に溜まった茶色の水が徐々に透明に澄んでいく。そして少しづつ水流が束になり、太い流れが出来始めていた。
それを見届けてのち、その日はどこか虚しく、後半を登り終え、帰った。


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それが先週のこと。帰宅して何度か今頃水の流れはどうだろうと想像し、また人が作ったものを衝動に任せて壊したというのは事実であり、しばらくはすっきりしない気分だった。
だがしかし、一週間が経つと、そんなこともすっかり忘れていた。我ながら大人気ないなと、内省しつつ、あのパイプの現場に足を進めた。歩みつつすでに予想していたことだが、たどり着いてやはりその予想は当たった。すっかり元通りに直っている。いやよく見るとさらに頑丈に直されていた。
それを見たとき、少し安堵した気持ちがこみ上げたが、やはり沢が枯れてしまっていることに、どうも気が収まらず、何かいい方法はないかと、べこ石の脇の切り株に腰掛け思案した。
鹿おどしは相変わらず規則正く鳴っており、水車はどこか誇らしげに回っているようにも見えた。
(ちきしょ〜)
またパイプを外してやろうかと立ち上がり、(いや、待てよ)と抑え、あたりを歩きまわり、また切り株に腰掛ける。
なかなかいい案が浮かびあがらず、諦めて帰ろうとして、立ち上がり、丸太橋を渡る。すると、橋のたもとから左手に伸びる細い道があることに気づいた。草に紛れるほどの細い道だが、確かに誰かが歩いた跡があり、沢に沿って奥に続いている。おそらくそれは水車同好会の人らの足跡だろう。枝を組んで作ったスロープがあり、さらに奥まで水車区間を広げようとしているのだろうか。しばらくたどっていくと沢の幅は急激に狭まり、水量は小さな石の間を細々とたどる程度しかない。これでは水車はできない。細い道は諦めたためのものだろう。私はそのまま沢に下り、何気なく一つ大きめの石を持ち上げた。両手でやっと持ちあげられるほどの石だった。
持ちあげてから、(これだ)と閃いた。その石を両手で抱えながら、えっちらと細道を引き返す。そして、例のパイプの先の堰の所まで来て、息を整え、狙いを定めると、思いきりその石を投げ入れた。
堰の水は放射状に飛び散り、澄んでいた水は茶色く濁ごり、いくつもの渦をつくった。
石は狙った場所に定まった。やがてあらたな水の流れが現れ始める。パイプの先から少しそれたところで水を分岐させ、一部はパイプへ、一部は堰を超えて沢の方へ流れるようになった。
(これでどうだ)
水車は少し勢いを抑えて回り、気枯れした沢の区間にも少し澄んだ空気が流れるように感じた。
ただ、この石を水車同好会の人がどうとるかは今度来て見ないと分からない。

そしてこれがまた悪行にあたるのかどうかも。 

雨交じりの風を受けながら、残りの登り道はいたって軽快な足取りで辿った。

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