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ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜

13   ジレンマ処


雨上がりの夕。雲の隙間から強い陽が差し、街に清々しい冬の香が漂う。初冬のこの香はどこから来るのだろうか。

冬の日は短い。特に用もなくふらついていたら暮れてしまった。道々に暖色の灯がこぼれている。
一人で飲みに行くことはないが、たまにはどこかふらっと入ってみようと思いたって、飲み屋を探すことにした。

定禅寺通りから国分町へ向かう方向とは反対の路地を進すむと、ちらほらと店が点在している。中華屋が多い。

一軒の小さい和食の呑処をみつけた。

「季節の食材を旬のままに 鍋料理 フグ、アンコウ、すっぽん他料理おまかせ5000円~」
と言う手書きの張り紙が目を引いた。

雰囲気もよさそうで入口で料理の写真をじっとみていると、ちょうど開店らしく、のれんを掛けに出てきた店員が声をかけてきた。
「こんばんは」
あまり接客に慣れていないような音色の40代くらいの女性。

軽く会釈し、入ろうか迷うが、一度そこを後にし、周辺をまた散策する。何軒か目星はつけながらも、ここという感じではなく、同じところを行ったり来たりしていると、また同じ店の前に戻っていた。中を少し伺うと、さっき声をかけてきた店員と目があい、ばつが悪くなって、つい戸を開け中に入った。

店は狭くカウンターが入口までせり出しており、奥にテーブル席が2つあるのが見えるだけ。
「あっ!さっきの方ですよね」
とおかみさんと言っていいのかどうなのか、カウンターの入口間際の席に通される。

厨房には若い板前がひとり。

客はいない。

少し値段が張りそうな感じの店だった。

あまりお金を持っていないとも言えず、店の中を眺めながら、人を招待できる店を探している、ということにして、今日は試食程度に軽くすませたいと伝える。

しかし、店には品書きが無く、全てお任せのコースとなっているという。
「単品の品書きはないんですか?」
「はい。5000円の鍋のコースでやっておりまして」
すこし唖然としたが、では帰りますというのもすこし大人げないと思い、ビールを頼みながら、「5000円の鍋を一人で食べるのはさびしいですね」とはぐらかしてみる。
「グループならともかく。カウンターで一人のお客さんもみんなそうなんですか?」
「はい、そうなんです」
と、渡されたコースの品を書いたいた和紙を眺めながら、しばしの沈黙。
客がいないのもあって、おかみさんと少し話をしながら探りを入れる。
「いや、ご要望は応じますけども、どうしましょうか」
「じゃ〜ビール込みで3000円ぐらいで、お願いできますか」
別にケッチっているわけではなく、本当にそんなに持っていなかった。

「わかりました」

別に嫌な雰囲気ではなかったが、ちょっと構えてしまう。

おかみさんは板さんに今のやり取りを伝えるとしばらくして、瓶ビールと初めの一品を持ってきた。

(・・・これは・・・何だ?)

「越前ガニの甲羅蒸しです」

「はあ」
思わず声を失う。
手のひらの4分の1ぐらいのサイズの甲羅に、カニのほぐし身がわずかに添えられている。箸ですくうのもやっとのほどに、それは驚くべき少なさであった。
一口でも余るほどの消えそうなその身を味わいながら食す。

あとはどうしろというのだろうか。

しばらく、ビールを飲みながら次の一品を待った。

つぎに出されたのは

「シマアジのにぎりです」

一貫。親指のほど。
同じく、一口に満たないため、どんなに味わってもすぐに口の中から消えてしまった。

あとはどうしろというのだろう。

しばらく、ビールを飲みながら次を待った。

次に大事そうに持ってこられたのは

「春菊のお浸しです」

刺身皿が余るくらい。
春菊でさえこのサイズとはなかなか手強い。
箸で一回とりあげるともうなくなってしまった。

あとはどうしろというのだろう。

次は何だ。

「汁椀です。カブのしぐれおろしです」。

具はカブのおろしが、汁に雪が浮いている程度に入っているのみ。
(味見か!?)

あとはどうしろというんだ。

「お作りでございます」。
ネタはサヨリとアイナメとシマダイらしいが、よくこんなに小さく切れるもんだなというくらいに小さく、親指の爪ほどしかない。

「以上です」。

(落語でこんなのがあったような)

懐石と言えばそうだが、これでは何かあてつけのようだ。

どうやら最初に言った「試食程度」というフレーズが受け取り方としてひとさら際立っってしまったらしい。
本当に試食になってしまった。

実のところ、料理が出される間に、おかみさんと板前さんと少し会話を交わす中で、この店にジレンマがあることは知らされていた。彼らはそれなりに真剣にいい料理を追求しようとしている理念があり、その姿勢は悪びれていない。

だから、
「これで3000円はぼったくりでしょ!」
というどころか、逆に同情さえ覚え
「無理言ってすみませんね」と言った。

要は、そのおかみさんと(夫婦なのか分からないが)板さん二人はこの店を、本当なら高級料亭で出されるような旬の本物の食材を手軽に味わってもらえるような店にしたいらしい。単価だと高くつくところをコースでお任せにすれば安く提供でき、無駄が省かれるのでその分を食材のコストにかけられるという。つまり、高級食材をもっと気軽に食べられるようにというコンセプトらしい。が、私が思うまでもなく、そこにジレンマが生じている。高い食材を手が出せるほどにすると、量を少なくするしかなく、刺身は親指サイズにしかならない。(今回は試食だからなおのこと小さいが)それに鍋をつけて5000円は確かに安いのかもしれない。しかし、その食材のよさと値段の満足感を実感できる客はいるだろうか。食材にこだわっているのであれば、5000円は高いわけでは無い。ただ、それならむしろ10000円にして量を倍にした方が今日は奮発してという気分で、客層もはっきりするだろう。

何も食べるものがなくなり、残りのビールを飲んでいると、
「2月に移転するつもりでして、やっぱり、そうなんですよね~」
とおかみさんと板さんはこの店のジレンマをこぼし始めたのであった。

こんなご時世でもあり、やはり、本格的にもう少し値の張る店にするらしい。

確かに満足感はえられなかったが、二人の話から感じられた料理に対する実直な姿勢に触れて、何も安く腹いっぱいに食うだけが全てではないと気づかされたのであった。懐石や精進料理がそうであるように、食材の尊さを感じるようなことは実に少ない。人を誘うのには少し考えるが、こんな店があったっていい。

さて、しかし、自宅へ帰る途中、やはり腹が満たされず、うどん3玉パックと8個入り海苔巻(半額)と油揚げをスーパーで買って帰る。

383円也。

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