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ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜

26 憑き物にちなんで

猛暑が続き、7月を待たずして梅雨が明けたという知らせを聞き、身を乗り出して今年は長い夏を期待したのに、7月に入った途端、空梅雨から一転、雨続きというわけのわからない天候。乗り出した身はズッコケて伏したまま起き上がる機を失った。
時折晴れ間ものぞいたが、重たい雲が垂れ込め、不穏な冷たい風がどこからともなく吹いてきたり、不意に気温が上がったり下がったり。どうも気分の冴えない日々が続き、気づけばもう末日。
この一ヶ月何をしてたのかというと、スーパーで買った見切り品の生がつおを食って食中毒になったり、予定をすっぽかしたり、畑のキャベツに大発生したカメムシと格闘したりと、なんとなく何かに取り憑かれたようで気分も体も重たい日々だった。
気圧が低かったり、雨が続くと体調や気分がすぐれないのは、多くの人に当てはまると思うが、私は特にその影響が強く、梅雨の季節は何もやる気がせず、何もしない。こういう時の唯一の対処は湯に浸かることぐらいだ。
月に1、2回くらいは蔵王の峰にある青根温泉に通っているが、片道1時間近くかかり、往復を考えるとなかなか行くのは億劫なのだが、湯に浸かると一時的に憑き物が取れるような感じになる。7月中出かけたと言えば、この青根の湯に行った2回ぐらいしか思い浮かばない。

夏の憑き物ついでに今回はちょっと不思議な話を一つ。
青根は川崎町にあり、岩沼からは一度柴田町槻木へ南下し、そこから村田町へ抜け、県道14号線から西へ向けて進むルートを辿る。岩沼と村田の間には300メートルほどの山稜があるため、山を避けるにはこの迂回ルートを辿るしかなかった。岩沼の西部から村田へ抜ける峠道がはあることにはある。しかし、そこはなぜか開発がされておらず、木々が鬱蒼としいて、沢が流れ、風光明媚とまでは行かないまでも、どこか神秘的というか、この世ならざる気配の漂う区間であった。車一台がやっと通れるくらいの道で、時間もかかり、通常ルートとしては適さない。そこへ、2年ほど前、この峠道に入らず、岩沼から村田へ抜けるトンネルが貫通したという知らせを聞いた。
開通して間もなく、青根に行くルートが少し短縮されたとこれ幸いに、トンネルを通って青根を目指したときの話である。
そのトンネルは「姥ヶ懐トンネル」という。
妻と二人で夕方ごろトンネルのある志賀という集落を通って行った。トンネルまでは一本道で、山襞に佇む集落を抜け、新幹線の高架橋をくぐると山が迫待ってきた。かつての峠道へは広く拡張された農面道路の脇から右折して登るよう標識が出ていた。
一本道の農面をひた走る。
しばらくして、車の中で、妻と顔を見合わせた。
「あれ?もう村田に出てるけど、、トンネル通ってないよね」
「え?通ってないよね」
「通ってないよね」
車の中で夢中になるほどの会話をしていた覚えはない。
たとえ夢中になっていたとしても、どちらともトンネルを通った記憶がないということがあるだろうか。
「記憶ないよね」
「ないな」
その時は、まあ何かに気を取られていたかというぐらいで、そんなことあんのかと言いながら受け流した。
帰りに同じルートを帰って確かめた。出来たばかりのピカピカのトンネルを通った。しかし、このピカピカのトンネルの記憶が行きにはなかったのである。
誤って峠道を行ったということはありえない。峠道は相当に曲がりくねっており、間違ったら途中で引き返していたはずだ。

それからしばらくして、また青根に行くため、姥ヶ懐トンネルを通って行くことにした。今度は注意してトンネルの入り口を確かめた。
もちろんトンネルはあった。トンネルの長さは約1.3キロ。時速60キロで走行していたとしても1分以上はかかる。見逃したという距離ではない。
実際に走ってみると結構長く感じた。
「こんなに長いトンネルを通ったかどうか覚えてないなんてことはない」
というのが二人ともの率直な感想だった。

その後、そのトンネルを通るたびにあれは何だったのかと思い出してはいたが、それほど頻繁に通ることもないために、気にすることもなくなっていた。
それがである。
1年ぐらいして再度トンネルルートを通って行った時だった。
気づいた時には村田に出ていた。記憶がない。
(あ、また、飛んだ)
そんな感じだった。記憶か時間が途切れたように、トンネルの記憶がない。
その時は一人だったため、何か考え事をしていたということはあるかもしれない。
さすがにその瞬間はゾッとしたが、家に着いた頃には忘れていたのだろう。妻には話さなかった。
それがである。
つい先日、妻が家に帰ってくるなり開口一番
「ちょっと!あれ、また、起きたよ、あれ」
という。
仙台から村田を抜けて帰ってきた際、トンネルを通ったはずなのにトンネル内の記憶がなく、いつの間にか岩沼に出ていたというのだ。
「マジか、そういえば俺も1回あったよ」
「いや、私はこれで2回目だよ、今回は通る前に確かめてやろうと思ってしっかり意識してたのに、飛んだ」
「それは、もうやばいね」

少し調べてみるとトンネルの村田側の姥ヶ懐地区には鬼伝説があり、トンネルが通る山一帯は、どうもこれまで開発を免れたそれなりのいわれがあるらしい。
記憶が飛んだからといって、何か不穏なことが起こったりするわけでない。不気味な感じがするということもない。
そういう類のものよりは、どちらかといえば、一瞬ワープしたような、時空の歪みを抜けるような感がしたような、気がするような。

妻がネットで調べている。
[姥ヶ懐トンネル 記憶とぶ]

そんなので何か出てきたらその方が怖いわ。


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