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ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜


12    メメント



11月末。日差しに温もりを感じる穏やかな小春日和。

昼下がり。仙台の街角。

街路樹の葉が一枚また一枚と枝から剥がれ落ち、カサカサと音を立ててながら地面を這っている。その枯れ葉に誘われるようにして路地をたどっていくと古びた喫茶店に行き着いた。
蔦がうっすら絡まった白い壁と、赤い瓦屋根の外観が趣を醸し出してる。植木鉢がたくさん並べられた入り口に営業中の立て札があるのを見て、誘い込まれるように何気なしにドアを開けた。
掛け時計の振り子の音がカチカチと響いている。通りに面した窓際から微かに光が差し込んでいるが、店の中は薄暗く、カビとお香が混じったような匂いがほのかに鼻腔をかすめた。
その喫茶店は骨董品を扱っているようで、年代物のタンスや食器が空間を占領していた。骨董品には値札がつけられているが、埃をかぶり、マジックで書かれた値段は消えかかっている。時間が止まったような店内はどこか重くどんよりとした空気が漂っていた。
骨董品の間を縫うように、狭い店内を見回していると、店の奥の方から老婦人がのそっと出てきた。白粉を塗ったような白い顔に真っ赤な口紅が暗がりの中から出てきた時は一瞬ぞくっとしたが、窓際の明るみに出たその姿にはどこか品が漂っていた。
「コーヒー?」
と一言、老婦人は言った。
「はい」と私は答えた。
「どうぞそちらへ」
片隅に丸いガラステーブルと椅子一脚がある。喫茶スペースはそこだけらしい。
海老茶色のビロード地の古びた椅子に腰を下ろす。テーブルの横に出窓があり、信楽焼の花瓶に花が生けてあった。花の陰に時折行き交う人の首下から上半身だけが横切っていくのが見える。「どうぞ」
老婦人は気配もなくコーヒーの入った器をカタリと音をたててガラスのテーブルに置くと、すぐに奥のキッチンの方へ消えた。
コーヒーカップは薄く青みがかった小代焼を思わせれる器地で、ソーサーには淵から中間にかけて茶色い線が円を十二等分するように引かれていた。器の中の黒い液体の半分は、窓から差し込んだ光を反射し、月のように白く光っている。立ち上がる湯気が淡い陽に照らされ、ゆらゆらと漂いながら虚空へと消えていく。
湯気の消えた虚空を見上げると、テーブルの向かいの棚に30センチほどの木造の仏像が置かれていた。日本のものではなく、どこか東南アジアの露店においてあるような無骨な顔で、どこを見るでもない眼差しをしたため、印をむすんでいる。
カップの持ち手に指を絡ませて持ち上げると同時に、背をテーブルの方へかがめながら器に口を寄せ、コーヒーを一口啜った。

この喫茶店はだいぶ昔からここにあったと思う。しかし、誰にでも目につく場所にありながら、誰もこの店に入った気配はなく、入ってくる様子もない。そこはまるで磁場が狂ったように外とは異質な空間だった。
こういう時間が止まったような異空間はところどころに存在する。
私はワームホールに入ったような錯覚を覚えながらコーヒーを飲み終えると席を立ち、老婦人が消えた奥のキッチンの方へ進み「すみません」と声を発した。
老婦人はしばらくして暗がりから現れ「400円」とかすれた声で言いながら木製のトレーを入り口の棚の上に差し出した。
500円をそのトレイに乗せると、老婦人はそれを両手で抱え、一度キッチンの方へ消えた。そして、100円玉を乗せたトレイを両手で持って戻るとまた棚の上に乗せた。
「ごちそうさまでした」
100円を受け取り、ドアを開けようとした時
「どうもありがとう。あなた、この前も来ましたね。珍しい」
老婦人はそう言うと、すぐにまたキッチンの奥の方へ姿を消した。

私はこの店に初めて入ったのだが・・・。

こういうことが、たまにある。

ドアを開けると冷えた風が通りを吹き抜け、街路樹の葉が空に舞っていた。

もう冬。



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