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読んだのは障害の捉え方ではなくて、なんでも”しょうがない”と思える本だった。

拝啓 岸田奈美様

 あの頃の僕もそうでした(今もか・・・)。姉がいて自分が末っ子長男で。自分は双子なんですけどね。でも、あなたほど一緒にいた記憶はないのです。姉たちが自分のことをどう思っていたのかも分からない。

 よく「姉弟も障害あるんですか?仲は良かったんですか??」と聞かれるけれど、生活時間もバラバラで、思春期になってからは部活に明け暮れる姉たちとリハビリに明け暮れる弟という構図がくっきりで、仲がいい悪いなんて意識していなかった。きっと鬱陶しく思っていた時期もあるんじゃないかな。

 あなたはどこかの対談で「2人で出掛けてもあまり喋らない。喋らなくても間が持つ関係性なんですよ」と言っていましたね。言葉を削ぎ落とすってもう丸腰だから、普段はアンテナ張って街を歩いているライターさんから「今日はメモしちゃダメ!」と紙とペンを取り上げるのと一緒。頼るものが何もない。それでも間が持つってお互いが絶妙なタイミングで春風を吹かせたり、寒かったら心にそっと上着を着せ合ったりしてるからなんだろうな。


 バス停でパニックになる姉を悠然と助ける弟、がまさにそれ!

→何ですか!「1000円札を握らせたらのっしのっしと自分だけコーラを持って帰ってくる」って。コレ、1番好きなくだりです(一口もくれないところも)。

 インフォメーションというめちゃくちゃ無難な場所を指示する姉と、おそらくインフォメーションっていう言葉の意味さえ分からないけれど、自分の人生の記憶のすべてをかけて、無人の赤いBOXに突進する弟。

 大人になって分かってくればくるほど、新しいことに挑戦するのって怖くなるし勇気がいる。だから自販機の方に行ったんだと思うんだよね。覚えていたから。でも僕らはつい自分の記憶を呼び覚ますのをサボりがちじゃないかな。どうしても人のいる方に行きたくなる。聞くと安心するから。だけど良太くんには難しい。純粋に姉ちゃんを助けたい!という気持ちが、「いまこの世界に、空から宇宙人が襲来してきたとして」大切な人は大切な人のヒーローになれることを証明してくれた。


 月日が経って知ったことだが、母は僕に訴えられる覚悟をして訴える準備をしたらしい。「なんでこんな身体に産んだんだ!」と。でも、今のところ僕はそんなことはしていない。それどころか、生後9ヵ月まで医者に障害を隠されたことすら忘れかけている。奈美ちゃんと良太くんのように誰かと誰かが助け合えば乗り越えていけることを知ってしまったから。僕にも「忘れる才能」が残った。でもボケるのはまだ早いぞ!僕はたまに、自分が”脳内麻痺”なんじゃないかと思ったりする。

 ただ、毎日、死なないようにした。その代わり、忘れることにした。楽しい思い出も、悲しい死に様も、心の隅に追いやった。そしたら、つらくないことに、気がついた。父が死んだら、父のことを考えないようにした。母が倒れたら、母のことを考えないようにした。


 だけど、僕にも(忘れたくても)忘れられない記憶がある。

 時は23歳、入社1年目、試用期間中にうつ病になった。正式には抑うつと適応障害。でもね、入社1年目で即刻クビの危機。抑うつだろうが適応障害だろうがどーでもよかったんですよ。僕の中では全部うつ病、ダメ人間。

 だから気持ちがよく分かる。忘れることがどれだけ難しいかも。気にしない、は気にしている証。忘れる、は忘れないでいてくれる人がいるからできること。心からそう思う。

 良太くんのようにゆっくり、ゆっくりとした歩みではあったが、今でこそ自分の力で確実に世界を広げることができている実感がある。

 でもその昔、小学生の頃の夢は「プロ野球世界初の車椅子審判員になる!」だった。だがしかし、特別支援学級を卒業するイメージすら持てないほど内気だった僕は、2年間のアメリカでの修行がマストだと知ってやめた。

 もしあの時、お互いの人生が一歩間違っていたら聖地甲子園で『スットライ~ク!』と『アサヒスーパードルゥゥァイいかがですか』が、奇跡のシンクロを果たしていた!?かもしれないですね。


 以上が刺さりまくった3つのエピソード。

 あなたに初めて手紙を書きましたが、主役にも、いや脇役にすらなれない経験ってたくさんありますよね。でも、最近思うんです。奈美さんも僕も、これまでたくさん、しかもゆっくりとため息を吐き出すように言ってきたのかなって。

 しょうがない・・・、と。

 これからも奈美さんらしく好きなだけ割り切って、割り切った分だけ僕たちに面白い文章を届けて下さい。ただその際は10回以上、できるだけ早口で!

 そうすればきっと”しょうがいない”ことに気付きますよ(世の中しょうがいじゃないんだ!って)。僕はこれからビックリマーク(!)をつけることにします。

                          敬具

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