日記・自然の中の僕

 昨秋、山の中の古民家を改修した宿に泊まった時、部屋に1匹のカメムシを見て、これは2匹や3匹はいるな、困ったな、と思って部屋の天井を眺めていると数匹を既に見てしまい、これはどういうことなのだろうと窓の障子を開けてみると外に面したガラスの窓がまた木枠で、合わさった2枚の窓はあの体の薄いカメムシ1匹分が通れる隙間を残してそれ以上は構造的に閉まらないのだった。見れば窓の周りにはまたカメムシが数匹。恐らく全てここから入ってきている。窓の向こうは畑で、その先に森が広がり、そのまた先には山々が広がっていて、これはもう無限に来る、見えている数匹をどうにかしたところで目の前の畑や森や山々に無尽蔵ともいえるカメムシが蓄えられているのにそれをどうしようというのか、雄大な自然にはカメムシが内包されているのだと思った。
 部屋の中のカメムシは一応処理したが、最早見た目の問題で本質的には何も解決していなかった。この部屋は完全に閉まらない窓によって雄大な自然との明確な境界を失いほとんどその自然の中にあった。つまり僕はカメムシと同じ入れ物の中にいた。僕はもう困っていなかった。困ってもこれ以上やりようがないと悟った。
 結局それ以来、部屋の中でカメムシを見なかった。窓の障子を翌朝開けてみたがカメムシはいなかった。カメムシにも帰る場所があるのか、畑か森か山か、いずれにせよ詮索は無用である。
 良い宿だった。食事がおいしかったし、小さな宿で宿泊客が少なく落ち着いていて、温泉も白い濁り湯でいかにも温泉らしくて良かった。自然の中に泊まるとはつまりそういうことである。

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