ディズニーランドの匂い

 ひとりでディズニーランドへ行った。ひとりで行くのはこれがはじめてではない。

 休日の午後、3時から入れるチケットを買っていた。6月で、日が照っていて暑かった。暑いのでマスクをしないことにした。

 午後3時のパークは混んでいて、ほどほどに楽しめればいいと思っていた。

 カリブの海賊の横を通ろうとするとワッフル屋さんに列ができている。昔は列を見なかった気がするが最近はいつでもだいたい混んでいる。ワッフルの焼ける甘い匂いを感じながらパークの奥へ向かった。

 とりあえずビッグサンダーマウンテンの列に並ぶ。日差しのもとでそこそこ長い列になっていたものの、列は途中から建屋の中に入るから少し耐えれば大丈夫だ。

 ビッグサンダーマウンテンの周りでは、なにかオイルのような匂いがする。ジェットコースターを駆動させるための潤滑油だろうか。この匂いを嗅ぐとジェットコースターの浮遊感を思い出すようでどきどきする。

 ビッグサンダーマウンテンを降りるとすぐ近くのウッドチャックというレストランからスモークチキンの匂いが漂う。お腹が空く匂いだ。

 パークを左回りでホーンテッドマンションへ。列が進み建物の中に入ると古びた館を思わせる匂いがする。これは意図して匂わせているのか。だとしたらこの世には古い館の匂いを作る仕事がある。

 少し早めの夕食でクイーンオブハートのバンケットホールへ。ここのフランクステーキが昔から好きで、この匂いを嗅ぐと時間が巻き戻る。食べ終わってしばらくぼーっとしてしまった。今日、ここにいることに最も時間を使う。

 レストランから外に出ると、いくらか涼しくなってきた。散歩する方が楽しそうな気がしてパークをぐるっと回る。だんだんと日が暮れ出してまもなく夜になる。

 小一時間散歩して夜になってから、パークを出た。『星に願いを』を背後に聴いて、舞浜駅へ向かっているとディズニーランドから出てしまった。ここからは京葉線、電車は必ず電気で動く。

§

 ディズニーランドに行くのが好きだ。ここでいうディズニーランドというのは正確には東京ディズニーリゾートのことで、ディズニーランドもディズニーシーも含まれているけれど、僕が物心ついた頃はまだディズニーシーはなかったので、どちらに行くにしても「ディズニーランドに行きたい」と思っているのだが、普段は便宜上ランドとシーは使い分けている。

 先日も7月に入りディズニーランドへ行って、とても楽しかったのだが「もしかしてディズニーランドに行く前と行った後が楽しさのピークなのでは」と思ってしまった。というか、ディズニーランドへ行くたびになんとなくそんな気がしていた。ディズニーランドの中にいる時間が楽しくない、というわけではないのだが、入園するときと退園するときに湧いてくる感情があまりにも大きすぎる。

 入園するとき、というより、ディズニーランドへ行くと決まったときからその感情の高まりは始まっていて、なんのアトラクションに乗るとか、どこのレストランでご飯を食べるとか、そわそわしている。子どもの頃から変わらないからずっと変わらないんだと思う。

 ディズニーランドを出るときだけに感じる感情があって、これはディズニーランド出るときじゃないと味わえない。今日一日の余韻もあるし、何度も繰り返し見た出口へ向かう風景がおぼろげに頭の中に浮かぶ。

 ふと「ディズニーランドにいる時間は再生とレコーディングなのではないか」と思った。僕はディズニーランドそのものを楽しんでいるというよりも、記憶から過去のディズニーランドの思い出を取り出しているし、反対に記憶の中へ今日の出来事をレコーディングして、それをあとから楽しんでいる。

 ディズニーランドでは様々な匂いがする。ポップコーンの匂いとか、水に浮かぶアトラクションの塩素の匂いとか、花火の匂い、エリアによっては植物の匂いもするし、他にもなんの匂いかは判別つかないが繰り返し感じる匂いがあって、それらは全部ディズニーランドの匂いだと思っている。匂いがディズニーランドを思い起こさせてくれる気がするし、その匂いを嗅ぐとディスニーランドに来ていると思う。

 マスクをしてディスニーランドに来ていた頃は鼻が利かなかったから楽しみも半減していた。記憶がうまくくすぐられなかった。だからいまはディズニーランドが心底楽しい。

 ディズニーランドのどこの匂いが好きかと聞かれたら困ってしまうのだけど、しいていえばボイラールームバイツとチャイナボイジャーが軒を連ねている通りの匂いが好きかもしれない。特に夏は、ジャングルクルーズのほうを通らずに、あの辺りを用もなく通る。こんなことを書いていたらまたディズニーランドに行きたくなってしまった。そこにしかない匂いを思い出しそうだ。

もしよろしければサポートお願いいたします。