わたしジャングルクルーズの船長なんです

「付き合うことになってからで申し訳ないんですけど、わたしジャングルクルーズの船長なんです」
「え、船長?」
「はい。ジャングルクルーズの船長です」
「現役の?」
「現役の船長です」
「何回もすみません、引いてるわけではないんです」
「いいえ引いてもらっていいんです」
「じゃあお言葉に甘えて。僕、あなたに引いてます」
「分かってましたがほんとうに引かれるとつらいですね」
「でも、接客業って聞いてたので」
「接客してます」
「船の上だとは思ってなくて」
「ふつう陸の上だと思いますよね」
「いえそれは先入観というか」
「接客業って答えていて船長が選択肢にないのって先入観ですか」
「先入観ですよ」
「先入観って認めるくせに引いてるんですね」
「すみません」
「謝らないでください。伝えそびれたわたしの落ち度でした」
「落ち度ではないっていうか」
「じゃあなんだっていうんですか」
「あなたがジャングルクルーズの船長やってるところ想像できなくて」
「あなたが想像できないこと昼夜問わずやりますよわたしは」
「でしょうね」
「夜はね、きれいなんですよ」
「僕も知ってます」
「いえ、あなたが知ってるのはせいぜい客席からの景色ですよね。わたし船長です。誰よりも前で、しかも立ったまま見れるの、あの船でわたしだけなんですよ」
「そんなに違います?」
「同じだと思うなら、あなたも船長やってみてくださいよ」
「いやです。僕、あんなふうに人前でセリフ言うの苦手なんですよ」
「わたしも苦手でした。でもやってみたら案外楽しいんですよ。お客さんが冷たいときほどワクワクします」
「僕には無理です。滑ったらもう船乗れません」
「滑っても落ちても船乗るんですよ船長なんだから。わたしアマゾン川に一度落ちてるんです」
「アトラクションのなかの話ですよね?」
「ほんもののアマゾン川です」
「ほんもののアマゾン川」
「にせもののアマゾン川には3回くらい落ちてます」
「ほんものとかにせものとか川にあるのはじめて知りました」
「ほんもののアマゾン川はね、とろみがあります」
「いやですね」
「いやですよ」
「それって温泉入ったときの褒め方ですよね」
「とろみってあればいいもんじゃないです」
「温泉って、僕、嫌いです」
「どうしてですか」
「みんなで裸にならなきゃいけないでしょう」
「わたし、みんなで裸になるの好きです」
「それはちょっと違うと思うんですが」
「ジャングルクルーズもね、裸になった気分ですよ」
「それ詳しく教えてください」
「ジャングルクルーズ乗るときって船長に期待してるとこ、あるじゃないですか。この人、どんなこと言う人なのかなーって。みんな裸みたいな目をしてわたしを見てるんです」
「裸みたいな目って分かりません。目ってだいたい裸ですよね」
「わたしコンタクトですよ」
「えっ、視力いくつですか」
「分かんないですけど、遠くのライオンの数とか全然分かんないです」
「それ僕も分かりません」
「でね、裸みたいな目を見て、わたしも裸になったつもりで言うんです。みなさんをジャングルの探検へと案内しますって。そうすると、みんなわたしを船長なんだって目で見てくれるんです」
「それ裸になる必要ありますか?」
「ありますよ。わたしここでは船長できません」
「なんでですか」
「公共の場だからです」
「船も公共の場じゃないですか」
「船はわたしの船なので、わたしの私的空間です」
「そういう設定ですよね」
「で、みんなが勝手にわたしの部屋に来て、わたしを勝手に見てる。わたしの部屋でわたしが裸になったっていいんです」
「でも来客ですよね」
「不法侵入です」
「あなたが乗れって言って乗せた船ですよね?」
「わたしは船に乗っていて、そこにみんなが勝手に乗るの待ってるだけです」
「分かりました」
「分かってませんね。あなた、ここで裸になってください」
「いいですよ」
「ちゃんと拒否してくれませんか。裸になることはいいので、わたしのことを」
「なんでですか」
「あなたが裸になるのは全然構いませんが、わたし、あなたに船長だってこと引かれたままで付き合えません」
「引いたまま付き合っちゃダメですか」
「ダメです。わたしこの人に引かれてるんだなージャングルクルーズの船長やめたほうがいいのかなーって思いながら付き合うの、無理です」
「じゃあ一回見せてください。ジャングルクルーズの船長やってるところ」
「いやです」
「次のシフトいつですか」
「今週の土曜日、15時からです」
「行ったら会えますか」
「船、何隻もあるんで、必ずってわけには」
「じゃあ会えるまで何回も並びます」
「そういうのきもいのでやめてください」
「やったら引きますか」
「引きます。引きますし、ジャングルクルーズ連続で乗るような人とはもう付き合えないと思います」
「なんでですか、ジャングルクルーズの船長なのに」
「船長って言っても雇われ船長だから」
「じゃあやめたらいいじゃないですか」
「やめません。生きがいなので」
「じゃあ別れましょうか」
「裸、見られたくないんです」
「昼夜問わず見せてるくせに」
「あなたにだけは見られたくないんです」
「変なこと言いますけど、夜のジャングルクルーズってなんか隠語みたいですよね」
「ひどい。そんな人だと思ってませんでした」
「すみません、悪気はないんですが下心はあります」
「花火が見えるんです。船着場から。わたし、それが大好きなんです。もうすぐジャングルの探検に行く人たちが音のほうを向いて、花火を探してるんです。それを見ているのが好きです。川に花火の色が映るのが好きです。わたしたちの船出を誰かが祝福してくれてるみたいで」
「じゃあそのときが来るまでジャングルクルーズに乗り続けます」
「夜だけ、1日1回にしてくださいね」
「夜はいいんですか」
「暗くないといやなんです」
「分かりました。僕、花火見てみたいです」
「風が強くなかったら見れます。風速3メートル以上だったら中止です」
「詳しいですね。そういうの大好きです」
「もっといろんなの知ってますよ。わたし、ジャングルクルーズの船長なので」



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