夢のカリフォルニアで踊りながら、2022年に見た映画を振り返る
自分が生きるはずのなかった世界を、追体験できるときに、生きててよかったなあと思える。
今年は24本しか映画を見られなかったので反省だ。来年の目標はもっと全然おもしろくない映画に出会っちゃうくらい、約束された映画以外をみたい。
特に印象に残っている7作を備忘録として残しておきます。
ウォン・カーウァイ監督 - 『恋する惑星』/1995年
2022年8月29日、シネマート新宿、18時30分。
今年、映画に対して最も心を奪われた瞬間は間違いなくこの日だった。
「ウォン・カーワイ監督の『花様年華』『ブエノスアイレス』を2本立てで見ようぜ」と、友人に誘われて見に行ったのが、わたしのウォン・カーワイ監督作品との出会いで、その友人が次に誘ってくれたのがシネマート新宿で上映する『恋する惑星』だった。
疾走するカメラワークと、鮮烈な赤、ミステリアスで美しい登場人物たち、異国情緒あふれる香港の街並み、爆音で流れるThe Mamas & the Papasの「California Dreamin'」。なにもかもが古めかしくて、だけどそれがもう手が届かないクラシカルな美しさでもあって・・・。
映画館だからやっていなかったけど、もし家で見ていたらずっと写真を撮っているほど、カメラワークがワクワクするし、色味が大好き。恋する惑星みたいな写真のテイストにしたい。最近はもっぱら淡くてコントラスト低めの写真ばかりだから、じっとりとしたコントラストに色彩の強い映像が衝撃的だ。
濱口 竜介 - 『偶然と想像』 /2021年
あるわけないだろ、と知っていながら、現実に起こることのない夢物語を見に行く節が、映画にはある。
それでも時々、あるわけないだろ、を超えて、これはひょっとするとあるのかもしれない、と本来うまれるはずの違和感をすんなり超えてくる作品がある。それが偶然と想像だった。
ドライブ・マイ・カーでも感じた、人間関係の自然な紡ぎ方を、今作でも特殊な環境下でありながら、教えてくれる。
シアン・ヘダー監督 - 『コーダ あいのうた』/2022年
「手話って、ニュアンスを伝えられる言語だ。」が見終わったときの率直な気持ちだった。
手話って、手だけで話すんじゃないんだ。娘のルビーがお母さんと家族喧嘩をしているシーンで、目や表情を余すことなく使って、真っ向から対峙していた。あらゆる手段をつかって、自分の気持ちを相手に伝えようとする。ことばをぞんざいに扱っていたら、到底たどり着けない境地だろう。
そもそも、自分の感情の表現技法をいくつも持っているひとってかっこいい。それは絵かもしれないし、写真かもしれない、音楽、歌、なんでもいい。手話はそのひとつだ。(失礼だったらごめんなさい。)
ルビーが先生と話す時、「歌うとどんな気持ちになる?」という質問ににたいして、咄嗟に手話で応える場面があった。手話を学んでいるわけではないわたしにも「浮遊した多幸感に満ち溢れるんです」というニュアンスは伝わった。
手話について、ひとつ、実生活で感動したことがあった。
ある日、隣の人との会話に困るほど電車のホームがうるさかった。ジリリリリと鳴り響く中、ビデオ通話で手話ですいすいと楽しそうに会話している方がいたのだ。音声を使わずに話せるのっていいなあと。最近は翻訳機が進化してきて、ゲストハウスで出会った外国の方とお話しするときはアプリで翻訳しながらなんとか会話できる世の中だけれど、手話も動画認識で翻訳される世の中になったらな。
竹林亮監督 - 『14歳の栞』/2021年
ひたすら、ひたすら危うかった。
登場人物のストーリーに感動するというよりは、中学生の頃の自分を回顧する。あの頃は、大人になったつもりで、なんでも知ったようなつもりで、周囲の気持ちに配慮もできずに、みんな裸のまま、堂々とことばの応酬をしていた。
住む場所も付き合う人も明日やることも、環境や家族に依存せずに選んでいける今がとにかく嬉しい。あの時にしかできない経験や悩みがあると痛感したけれど、絶対にあの頃に戻りたいとは思わない。
25歳の自分が見た時の感情はこんなものだけど、現役中学生が見たらどんな気持ちになるのかが気になる。異性の日常なんて、全く想像もつかなかったし、同性でさえも、下校したあとの生活のことのこと知らなかった。結局、自分で精一杯だから人のことなんて気にしている余裕なんてないのかもしれないけど。
今泉 力哉監督 - 『窓辺にて』/2022年
人には理解されないけれど、くよくよと悩んでしまうことがある。
わたしはというと、自分の感じたことをことばにうまくできずに死んでいくことに悲しんでいる。自分の思い通りに、いくつ関節があるのだろうかというほど、ことばの手足が柔軟に動いているひとを見ると、とっても羨ましい。
稲垣さんが演じる市川は49歳になっても、くよくよと悩んでいた。 好きという感情がわからない男性をテーマに描いているのだけど、そういう「人の些細な葛藤」ってある人にとっては深く共感できるテーマでもあるし、誰かにとってはまったく必要のないテーマでもある。
それをわざわざ映画にしていることに価値があるんじゃないかなあ。
第三者からすると、答えが明白なことでも、本人からするとむずかしいことって多々ある。大人になると関係者が増えて、それぞれの立場や考え方がぶつかりあって、判断がむずかしくなっていく。
そういうひとの傍で、夕日をじっくりながめたら、ただ存在を肯定できるような人でいたい。
イ・チャンドン監督 - 『オアシス』/2002年
シンガーソングライターのカネコアヤノさんがおすすめしていて、見た。
お世辞にも美しい恋愛とは言い難い描写ばかりだけれど、どんなきらびやかな恋愛映画よりも輝いていた。
障がいを抱えた人同士の恋愛とか、善悪の基準はマジョリティがつくりだしているだけなんだ、とかいろんな観点で見ることもできるけど、ひたむきな純愛映画としてわたしは見たい。
井上 雄彦監督 - 『THE FIRST SLAM DUNK』/2022年
アニメを見ていて、「生きている」と感じたのは初めてだった。確実に生きている。この人たちはたしかに実在して、どこかで熱く人生をかけて生きている。
バスケ映画なのに、わたしが中学のときに野球少年だったときの血がたぎるように感じた。いや、それは高校のときの陸上競技でも良い。とにかく目の前にいるライバル、または遠くにいる憧れに向けて、仲間と支え合い、信じて、持ち場で踏ん張り続けるようなスポーツマンシップが、アニメにも関わらず手触り感のあるほとばしる熱を放っていたのだ。
キャラクターの説明もなく、どんな試合なのかの前触れもない。
ひたすら伝説の試合を、丁寧に、緻密に、心の音までひっくるめて映画にしてくれた。まるで選手と観客と一緒の会場にいるように、心が高揚した。
先日のワールドカップのパブリックビューイングに似た興奮だった。
ひとりで家でみるのとは違う、映画館の良さをそういった点でも感じた。
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