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「身に染みる おでんと燗と 夫婦愛」”ソロの細道”Vol.18「福井」~47都道府県一人旅エッセイ~

福井に初めて訪れたのは、小学生の頃の家族旅行だった。

そのころの記憶と言えば、このエッセイの一つ前で書いた「雪の記憶」と、幼心に雄大さと海風の顔を貫くかのような冷たさが記憶に残っている「東尋坊」のこと。そして家族皆が美味しそうに蟹を食べるのを見ていた記憶(私が甲殻類アレルギーで食べられないのだ)だろうか。

福井には結局それ以来足を踏み入れていなかったのだが、3年前の年末年始旅で久々に訪問し、30年以上ぶりの東尋坊や福井市のグルメの数々、そして永平寺や恐竜博物館と、福井の観光を一通り満喫したあと、最後にやってきたのが、かつて「北陸の玄関口」とも言われていた敦賀市だった。

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敦賀市は、古くから交通の要衝であったこともあって栄えた都市だったけれど、実は政治的な中心地になったことがほとんどない、という珍しい都市。

そんな敦賀は北陸新幹線が開通するまでは関西方面からの特急の駅として、鉄道好きの間では有名だった。

今回はこの敦賀で一泊することにしたのだけれど、それはあるお店に行きたかったから。

このお店というのが、かの吉田類が訪れた「居酒屋まごころ」だった。

このお店はおでんが有名で、また二代目のマスターの人柄が良く多くの常連さんたちが行きつけにしているという前評判だったが、それを何とか体験したいと思ったのだ。

敦賀駅に着き、ホテルにチェックインをする前に駅からすぐにあるお店を覗いてみる。

すると、のれんが出ていない。けれど中は明かりが点いているし、お客さんの気配もする。

とはいえ外からはすりガラスで中の様子が全く分からず、一見客にこの状態で中を覗く勇気はなく、いったんホテルへと向かう。

ホテルの部屋でひと段落後、どうしてもそのお店に行きたい、というよりこのお店に行くためにここ敦賀で宿泊しているのだから、と自分を勇気づけ、ダメ元でお店に電話をかけてみた。

電話口のマスターは明らかに営業中の口調で、また周囲のガヤガヤも聞こえる。

「すいません、本日営業はされてますでしょうか? 先ほどお店を覗いたらのれんが出てなかったので。一人なんですけど」

そう恐る恐る切り出すと、マスターが笑いながら

「ごめんごめん、今日が今年の仕事始めで、既に常連さんで席が埋まってたからのれん出し忘れてたんですよ。一人なら何とか入れますよ」

と言ってくれたので、「やった!」と心の中でガッツポーズをして、数分後に行くことを伝えた。


数分後、お店の前に辿り着くと、ちゃんとのれんが出ていた(笑)

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既に電話を入れているとはいえ、勝手がわからないお店なので恐る恐る入り口を開けると、そこには既にほろ酔いで良い感じになった人たちがカウンターで陽気に飲んでいた。

その瞬間、「ここはホームだ」と感じる。これぞ昭和の酒場、だと。

「いらっしゃい!お電話の人ね!」と大将に声をかけてもらい頷くと、「さ、一席開けてあげて」という常連のおじさんの一言に、「はーい」と皆が返事をして椅子をずらして詰めてくれて、私の座るスペースが生まれた。

「あ、ありがとうございます」と周りにお礼をいいつつ、店内を見渡す。ここはやはり瓶ビール、と相場は決まっている。

ビールとお通しを出してもらってメニューを見ていると、隣の席に座るご夫婦の旦那さんが声をかけてくれた。

「この店はね、味もいいし大将の気もいいんだけど、なにせ出てくるのは遅いから。そこは怒っちゃいけないよ。そんなもんなんだから」

「そうそう、だからみんなその分ゆっくり飲めるっていうね(笑)」

「とりえあず、頼むの決めるならすぐ出てくるおでんから選んどきなよ」

旦那さんのアドバイスに、隣に座る奥さんと、私を挟んで向かい隣りに座るおばさんが嬉しそうに会話に入ってくる。

いいなー。こういうの。この店に一見で入って、座ってすぐなのにもうこの輪の中に入った感覚。

しかもそれは常連さんたちが配慮してくれたんだと思う。すぐに打ち解けるように。

それがこのお店のコミュニティの暖かさなんだろう。

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じっくりと煮込まれたおでんは、周りの人たちのようにじんわりと優しい味だった。


「東京から来たの?こんな年始に? だったらここの名物頼みなよ。へしこね、へしこ。大将、へしこを一つ!」

えっ、と驚いている私に、「大丈夫、俺のおごりだから」と笑ってくる旦那さん。

こうして運ばれてきたへしこの刺身は、ごま油と共に日本酒のアテとして最高だった。

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あっという間に会話の輪の中に入れたので、その後の時間も常連の皆さんと色んな話を楽しんだ。その度に大将が会話に加わるので、より料理の提供が遅くなる。

でもそれがいいし、常連さんもそれは織り込み済みだ。

「大将、急がなくていいからこっちは次は磯部揚げちょうだい!」

なんて頼み方をするくらいなのだから。

私も色々な料理を楽しもうとするのだけれど、いかんせん常連さんから料理が回ってくるのだ。

「これもおいしいからひとつ食べなよ」なんて風に。

そんな中で〆に選んだのが、常連さんみんなで一つずつ頼んだハート形の焼きおにぎりと、かつとじ。

お供の日本酒は、いつの間にか何本もテーブルに並んでいる。

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こうして〆に向けてこの楽しさを満喫していると、隣の夫婦がまた話しかけてきた。

「実はね、私たちも大阪から来てるんですよ。毎年ここの仕事始めの日に泊りがけで敦賀にやってきて、こうして飲んで翌日帰るっていうね。それが夫婦にとっての決まりっていうか、初もうでのような感じなんだね」

隣で話す旦那さんに、奥さんは嬉しそうに笑顔で頷く。顔はほんのり赤いのはおそらく飲みすぎたからだろう。

「私たちは子供が居ないからこうして毎年来れてるんだけど、もう10年くらいにはなるかな。いつもこうして今年も二人とも元気でこの店で飲めて良かったね、今年一年頑張ろうね、て二人で話してるんだよ。呑兵衛夫婦ならではだろう?」

そうなのだ、こうして年初めに大阪から敦賀まで来て、この店で常連さんたちと飲む。「今年もよろしくね」なんて言いながら。

私が求めている夫婦像って、これなんじゃないだろうか。いや、そうなんだ。こうなりたいんだ。

お互いが酔った、酔ってないだのと二人でいじり合う夫婦を横目で見ながら、私は嬉しくなった。

まさかこんな場所で、自分自身がありたい夫婦像に触れることが出来るとは。これだから旅は面白い。

「ちょっとトイレ行ってきます」と私が席を立つと、「ここのトイレびっくりするから気を付けて」と声をかけられた。

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なんだこれは! めちゃくちゃ狭い。そして長い。私の大きめの体だと横歩きでなんとか辿り着く。こんなトイレがあるのだ、世の中には。


こうしてトイレにすら衝撃を受けて席に戻ると、お隣の旦那さんが「じゃあ私たちはこれで。こいつが酔ってるからさ」と話しかけてくれて、「あんたでしょ!」と奥さんに反撃されつつ、お会計を済ませた。

「じゃ、大将。また来年ね! それまで元気でいてよ! 皆さんも一年お元気で!」

陽気に二人で店を出ていく。まるで正月に集まった親戚のようだ。二人を笑顔で見送る別の常連客、そして大将も。

いつか私も誰かと共に一緒に顔を出し、こうして向かい入れてもらえる日が来るのだろうか。そんな人生も悪くない、いや最高だなと思わず笑ってしまった。

「大将、僕も失礼します。また必ず伺いますね!」

常連さんと大将の夜は、まだまだ続くようだ。

お店を後にして(また必ず行こう)と心の中でつぶやいた。

(おまけ)

敦賀は松本零士作品のモニュメントがいくつも設置されていてファンにはたまらない。

そして北陸道の総鎮守である気比神宮は、厳島神社に春日大社と並ぶ日本三大鳥居でも有名。

主祭神であるイザサワケノミコトは食の神様。旅で美味しいグルメと出会えるように参拝するのもオススメだ。

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