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君が染める夏景色

「あの子、かわいいよねぇ」

サークルの先輩と出掛けた日のこと。
映画を観て、食事をしながら、映画の感想を話したりして。
もう少し、一緒にいたかった。
だから、駅までの川沿いの道を散歩していこうか、って言われたとき、嬉しかった。
なのに、なぜか先輩は今、違う女の子の話をしている。

「かわいい、ですね」

ギリギリと胸の真ん中あたりが痛むのを感じながら、答えた。
話題に上がったのは、同じ映画サークルの女の子。
私と同期だ。
確かにかわいくてキレ者だけど、気が強くて、すぐに周りと衝突する。
うちのサークルではグループに分かれて夏休みの間に一本、映像作品を作ることになっていて、その作品の話から気がついたら彼女の話題になっていた。

「でも、結構、トラブルメーカーみたいですよ?」

彼女がいるグループは、話し合いで衝突を繰り返し、なかなか撮影が進んでいいないみたいだった。
言いながら、チクリと胸が痛む。まるで悪口を言っているような気がして。

「あの子が監督で大丈夫かな……」

ポツリと言うと、先輩は首を傾げた。

「でも、それって自分のポリシーがはっきりしているってことでしょ?
僕はそういう子、好きだけどなあ」
「……そうですか」

どうして、先輩とあの子の話をしなくちゃいけないんだろう。
先輩に、映画を観に行かないか、って誘ってもらえて嬉しかったのに。
さっきまで、暑さなんて気にならないぐらい、ドキドキしていたのに。

「でも、あの子、彼氏いますよ?」

……って何を言ってるんだ、私は。
どんどん、みじめになっていく。

「へー、そうなんだ。まあそうか、かわいいし、話もおもしろいし、当たり前かあ」
「……残念でしたね」
「えっ」

先輩がどんな表情をしているのか見られなくて、俯く。自然と歩くスピードも速くなっていた。

「ど、どうしたの? 何か怒ってる?」
「何か、怒らせるようなことしたんですか?」
「いや、してないと思うけど……」

バカ。
パカ。
なんで私を誘ったの。

さっきまでの楽しかった気分は吹き飛んで、早く帰りたくなっていた。

「あっ」

私の気持ちとは裏腹に、先輩は明るい声を発した。
思わず振り向くと、先輩は嬉しそうにニコニコしていた。

「ちょっとさ、あそこのベンチに座っててくれる?」
「え……」

先輩が指差す先には、木陰の下にベンチがあった。

「なんで……」
「いいから、ちゃんと待っててね! 絶対だよ!」

そう言うと、先輩は駆け出した。

なんなんだろう、一体……。

少しの苛立ちと、反省の気持ちを抱えながら、言われたとおりにベンチに座る。

ひとつ上の先輩。確かに仲は良いかと思うけど、2人で出掛けるのは初めてだった。
だから、少しだけ期待していたんだけど……。

「お待たせ!」

物思いにふけっていると、先輩が駆けて戻ってきた。
手にはソフトクリーム。

「え……?」
「ソフトクリームののぼりが見えたから買ってきた! 暑かったんでしょ?」

私が不機嫌になっているのは暑いからだ、と思ったらしい。

「あ、ありがとうございます」

暑さのせいですでに少し溶け始めているソフトクリームを受け取る。

「先輩のは?」
「俺はいいよ。早く食べさせたくて2つ作ってもらうの、待ってられなかった」

ニコニコしながら言う先輩に、私の苛立ちはシュン、としぼんで行く。

どういうつもりで誘ったのかは分からないけど、今は私のことだけを考えてくれているなら、それでいいや。

「おいしい?」
「……はい」

頷くと、先輩は嬉しそうに微笑んだ。

「よかった、笑ってくれて」
「え……?」
「俺、思ったことすぐ話しちゃうから、人を怒らせること多くて。今日も何か共通の話題を、って考えるのに必死で。今日は君が笑ってる顔を独り占めしたくて誘ったのに……なんか、ごめん」

しょんぼりとしながら言ってるけど、先輩は今自分がどういう言葉を発しているか、自覚はあるのだろうか。

「あ、あの、先輩も一口食べますか?」
「えっ、いいの?」
「はい、私の食べかけでよければ……」
「ありがと」

ソフトクリームを渡そうと差し出すと、先輩は私の手を握った。
そして、そのまま自分の口元へと引き寄せる。
ごく近くに先輩の顔。
額に少しだけ汗がにじんでいる。知ってはいたけど、まつ毛が長いことに、鼓動が速くなる。

「あ、本当だ、うまい」

うろたえている私をよそに、先輩はニッと口角を上げた。
それから、指先に滴った溶けたアイスをペロリと舐めた。

「どうした? 早く食べないと溶けちゃうよ」
「そ、そうですね……」

覗いた舌とか、妙に筋張った腕とか。
ドキドキして、倒れてしまいそうだった。

「食べ終わったらさ」
「はい?」
「もう少し、俺の話を聞いてもらってもいい? ずっと、話したかったことがあるんだ」

真剣な表情。
早く食べ終えてしまいたいような、いつまでも食べていたいようなそんな気分になる。

目の前の川は太陽の光を浴びて、キラキラと輝いている。

「キレイですね」

気がついたら呟いていた。

「そうだね」

何気ないやりとりが、嬉しい。
もしかして、またあなたと違う景色をこうして並んで見ることができるか、期待して、いいかな?

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