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前田隆弘『死なれちゃったあとで』(中央公論新社)

 前田隆弘『死なれちゃったあとで』(中央公論新社,2024,kindle)。今朝方、Kindle化していたのを知って購入して読んだ。

 良い本だった。冒頭に〝実際に経験した死別について書きました。〟とページの真ん中に明確に書かれた一行が置かれてあり、凄みを感じた。
 描かれたどの死にも、何かのタイミングや行動で生死の結果が違ったのではないかという〈もしかしたら〉が張り付いている。作中エピソードにある、葬儀のあとに撮った集合写真の顛末のように、生き/死にのあいだにある、半角スラッシュほどの薄い膜。〈 / 〉。

 表紙の絵が美しい。


 同人誌版は、発売されたのを知りつつ日々の暮らしに忙しく疲れているうちに、気づいたときにはもう入手できなかった。同人誌版から加筆(ある一編の「その後」がある)、さらに新作が書き下ろしされているが、三編が同人誌版にしか収録されていないらしいのだ。

 しかし、同人誌版には収録されてない巻末の対談がいい。〈死〉という圧倒的な〈実存〉が、周囲の人間にとっては観念的な不在という〈本質〉になる奇妙な出来事についてライトとヘヴィーのあいだを往復して語られる。同人誌刊行後のイベント書き起こしだが、会場の観客からの言葉が特にいい。


 ここでは、本文からどこか一箇所を引用はしない。目を見張る表現や、観察力と繊細な思考により生み出された胸に迫る文章。どこを切り取っても本書に興味関心を抱いてもらえることだろう。でも引用はしたくない気がした。その引用部分の前に文章があり、その引用部分の後に文章があり、それらは繋がっていて、前後に別のひとの生/死があるから。

 それでもここだけ引かせて欲しい。これは未読の方の目を惹く箇所にはならないかもしれない。それでも。

考え続けないといけない。

前田隆弘『死なれちゃったあとで』(中央公論新社, 2024,kindle)


 本書を紹介する際にひとの関心を惹きやすい紹介の仕方として、本書内で、ある人物の死と死なれちゃったあとに関して書かれていることは、惹句として、本の宣伝として、商売っけとしてはそこを打ち出すのはひとつの正解ではあるのだろう。しかし、帯にも表紙にも裏表紙にも目次にすらその人物の名前はない。そこに関しては、著者は(たとえ覚悟を決めて書いたのだとしても)、それを行使しない選択をしたのではなかろうかと想像する。だから、私も感想では触れない。あの章を書いてくださったことに感謝したい、とネット越しに伝えたい。


 私自身は、私が身近で経験した死別に関してはっきりと文章にしたのは過去に一度だけある。書いては削除し書いては直しと、死別から書きあげるまで一年近くかかった。noteにまだ置いてある。リンクは貼らない。


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