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おかひじき/ディッシュ

おかひじきを湯がくんだ、おかひじきを。もしこれを読むあなたがおかひじきを知らなかったなら、この文章で、いつか青物屋かスーパーマーケットの店頭で見かけたときに少し気に留めておいてくれるかもしれない。実際のところ見た目はそれほどヒジキに似ているわけでもなく、味も違う。英語ではSaltwort。塩苔とか塩菜みたいな意味なのかな。湯でたあとザルにあげて冷水で冷やす際にフワッと香る匂いが独特で、そこで陸と海が混ざったかのようだと、瞬きするあいだくらい鼻腔の奥で感じる。おか(陸)なのに、海藻のヒジキがくっついているネーミング、滑稽だ。陸上なのに海中にいるみたいな気分のときもあるだろう、息苦しかったり、自分の動作や思考が緩慢に思えたり、どこまでも沈んでいくことに抗えなかったり、いつになったら水面上に出られるかわからなかったり、そんなときが。おかひじきを湯がくんだ、おかひじきを。滑稽なネーミングだな、と想ってみるんだ。

おかひじきを湯がくときは長すぎても駄目だし短すぎても台無しになってしまう。入れてあるプラスチック製のパックやビニール製の袋やスチロール製のカップに、茹で時間は1分ほどなどと書いてあっても、自分の目と鍋にさした菜箸で持ち上げた感覚で決めるといい。いいかい、この自分の感覚というやつが重要なんだ、おかひじきはその触媒にしかすぎない。理科や化学の実験で水溶液にほんのちょっぴり入れられた白金やマグネシウムやパラジウムみたいなものさ。

それをしっかり水切りして皿の上に1/3ほど広げる。横にモヤシやキノコを炒めたのを添えていい。おかひじきにはポン酢でも生姜醤油でもお好みで。いいかい、このお好みというやつが重要なんだ。お好みを決めるんだ。どんな味にするか、自分で決めるんだ。決めたらそれで食べるんだ。途中で、たとえばマヨネーズを足したり七味をふったり、普段ならそれでいいけれど、今回はダメだ。自分のお好みを自分で選んで決めるんだ。決めたらそういうものだとして食べ終えるんだ。

おかひじきを皿に広げて味を決める。そうしたら、皿の残りの面積に白飯を広げる。次に、白飯とおかひじきのあいだ、紛争が絶えない国境線のような白と緑のあいだの緩衝地帯に、レトルトやチルドや冷凍食品のハンバーグをダラッと載せるんだ。「ダラッ」と表現したのは汁気が多いほうがいいからだ。


食べる前に「びっくりドンキーみたいだ」と感じてみる。もしハンバーグファミリーレストランチェーンのびっくりドンキーに行ったことがなくとも、「まるで、びっくりドンキーみたいだ」と感じてみてほしい。もし君に、子供の頃に連れて行ってもらった外食の幸福な記憶があったならばそこに当てはめて見てほしい。もしもそういう記憶がなかったなら、口に出して言うんだ、「びっくりドンキーみたいだ」って。そしていつか外食の幸福な記憶を置く場所を頭の中に空き地みたいにつくっておくんだ。

ワンプレートにライスやハンバーグやハンバーグ・ソースやガルニが一緒くたに載っていて──このスタイルをびっくりドンキーでは「ディッシュ」と呼ぶ──、ハンバーグを箸で切ると(そう、びっくりドンキーはナイフとフォークよりも箸でハンバーグを食べるレストランなのだ)肉汁が出てきて、付け合わせの野菜やライスに染みてゆく。そこで君は気がつくだろう、その様子は右脳と左脳を連ねる脳梁、左右の前頭前野をつなぐ脳梁を視覚して認知していることを。

びっくりドンキーのディッシュは脳髄に似ている。大脳、小脳、脳幹、脳下垂体、前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉、視床、大脳皮質、海馬……。びっくりドンキーのメニューは木の板で、テーブルの上に広げるのではなく、立てて読むところから始まっている。視界が狭まる。他人から隔絶される。この「始まっている」というのは、映画『2010年』の"What's going to happen?(いったい何が起こるんだ?)" "Something wonderful(素晴らしいことだよ)" ということだ。頭蓋骨の中を洗いたいな、って感じたことはあるかな、私はあるけど、こんな言い方は不快だろうかな。頭頂部をカパッと開けてシャワーでザーッと流して「痒いところございませんか」なんて言いながら澱のように溜まった垢を流したい。いつまでも消えない恥や、ときおりもたげてくる後悔や、ぼんやりとした不安を洗い流してしまいたい。

食べるものをワンプレートにぜんぶ載せた、びっくりドンキーでいうところのディッシュは、よんどころなくへばりついた余計な残滓を洗い流したいなんていう夢想を少し叶えてくれる。変なこといってると思ってるだろ? でもひとつの皿にいろいろ載ってる料理をみたとき、きっと君は思い出す。「まるで、びっくりドンキーみたいだ」と。陸に生えた海藻、おかなのにひじきなんだ。

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