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出会うべきときに出会う。 『幕あい』(原題:ENTRACTE/アンソニー・ルメートル監督)感想

山積みの雑事のあいまの少しの休憩に、Twitterのタイムラインで知った短編を観た。



第11回myFFF(マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル)で公開の『幕あい』(原題:ENTRACTE/アンソニー・ルメートル監督)。16分22秒の短編。(Youtube上での公開は同フェス閉幕2020年2月15日までなので興味がおありの方はお早めに)

「ワイルド・スピード」シリーズでどれが最高かを議論する若者三人。「3だろ」「5だろ」「7がベストだろ」。ワイスピ新作が観たくて映画館の非常口からコッソリ入ろうとするが映画館のスタッフに見つかって断念する。

三人組のうちひとりヤシーヌは父から大学進学しないで働けと言われている。友人たちは「オレが行く文学部は女が多くていいぞ、オレが親父を説得してやろうか」「医学部にしたら?」と口々にアドバイスするが、そういうことではないのだ。三人組の服装の違いも巧いんだ。洒落者(文学部進学予定)、なにげに高価そうなアイテムを身につけている(医学部進学予定)、履き古したジーンズでどこか野暮ったいヤシーヌ。

新作のチケットは11ユーロ、手持ちは5ユーロ。ヤシーヌは「いいこと思いついた」と、5ユーロで買える特集上映の旧作のチケットを買う。「途中で抜け出して違うスクリーンに移動すればいいんじゃね?」。特集上映のプログラムは『自転車泥棒』という作品だった。

場内が暗くなり映画が始まる。「白黒で字幕?」。スマフォでゲームを始める友人。「そろそろ移動しようぜ」と言われるが、ヤシーヌは画面から目が離せなくなっていた。「一緒に出ると怪しまれるから先にいっててよ」。

映画が終わり、場内が明るくなる。スクリーンを凝視し続けて硬直していたのであろうヤシーヌは椅子からすぐには立ち上がれず身体がよろける。本作の題名が『幕あい』なのは、特集上映終了後に設けられた質疑応答の、ほんの少しの会話がこの短編の肝だからだ。

これは派手な新作にしか興味がなかった若者が古典に出会うという話ではない。娯楽より教養が大切だという話でもない。映画館から出たヤシーヌの顔は「現実的で真実味がある」映画を観た後なのに、遠くを見つめるかのような表情になっていた。出会うべきときに出会う映画というのがあるのだ。

このENTRACTE(幕あい/間奏曲/二幕構成のあいだ)という題名もよくって、物語の筋としては、旧作特集上映後のトークを指しているけれど、高校卒業を間近にして進路に悩む主人公、その人生の第二幕が始まる序曲という意味にもなっている。

自分の人生にも……そういう映画や音楽や小説が……あったように思う。何度か訪れた新しい章、その幕が上がる前に出会った作品が。

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