ひさびさやからスピード速く感じて怖くなるわ

〈2021年12月18日〉
 昨夜スーパーに行った際に、子が「明日のお昼は◯◯でお昼ごはんを食べたい」と言った。

 12時に家を出た。昼の12時あたりでも自転車だと手袋が必要な日は今冬で初めてではなかろうか。気温7℃ってこんなに寒かったかな。約束した店での昼めしを済ませて自転車を漕ぎ出したらすぐに子が後部座席で「トット!たいへんなことが起こってる」と言うので話をきくと昨晩ケーブルを繋いだはずのiPhoneの充電ができていなくてバッテリー残量が10%だった。モバイルバッテリーに繋いでカバンにしまう。「iPhoneじゃなくて景色を見ながらこんだけ長く走るのひさしぶりやろ」と子に言うと「なんかひさびさやからスピード速く感じて怖くなるわ」と言った。杭瀬ひらの鮮魚店でサーモンを買う。サクを買って今晩の分と明日夜の分にする。

 途中寄ったリサイクルショップで子のダウンジャケットを買った。子に着せている服でいちばん暖かい上着が小さくなって着れなくなったままだった。メルカリでここ一週間ほどサイズと用途と予算で探していたが何かとタイミングが合わず。十二月に入ってからこれまでフリースとジャンパーなどを重ね着させていた。アウトグロウン、いわゆるメルカリ用語でいうところのサイズアウトした上着は公園で会う保護者の誰かに必要かどうか訊いてみようと子を園に迎えにゆくとき自転車に積むバッグに入れてあるがこれもタイミングが合わずで積みっぱなしだ。三軒寄ったリサイクルショップの二軒目で出物を見つけてホッとした。

 普段の子連れ時は荷物の量をみてカメラを持つか持たないかを決める、持たない日にかぎっていい景色に遭遇する気もする、今日はカメラをカバンに入れていたが撮ろうとする気持ちの余裕がなく取り出して首に下げることもできなかった、昨日大阪で火事があって大勢のひとが亡くなった、繁華街だったこともあり報道写真ではなく通行したひとが撮った火事現場の写真がいくつもネットに流れていた。

 子乗せ自転車でまちを走るようになったここ数年で車が屋根を下にして完全にひっくり返った事故現場に通りがかったことが三度ある、一度目は何も考えずスマフォで写真を撮った、二度目は乗ってたひとが無事で横にいたのを確認してから少し考えて撮らなかった、三度目は撮影しようとスマフォを構えたひとが道を塞いでいて「おっちゃんそこジャマや」と言った。

 冬の空気を通した光が綺麗な日だった。昨夜の時点では朝方6時〜7時に雪予報があったのに雪は降らなかった。そのかわりに夕方にパラっと小雨が降った。少し待ったら雪に変わるだろうか、だったら子に見せてやりたいなと自転車をとめて待っていたがそのうち雨はやんでしまった。冬の空気や光というが何を指して自分はそう感じているのかわからんなと自転車を走らせながら少し考えた。コントラストや色なのか、肌寒さが何かしら視覚に影響しているのか。走りながら、自分の家が火事になって家の中に家族が取り残されているかもしれなくて周囲に集まった野次馬たちがスマフォを構えている場面を想像した。私の覚えている中で最も古い記憶のひとつは、幼稚園児だった頃、徒歩10分ほどにあった祖父と祖母の家が火事で燃えているそばで、泣いている母に手を握り締められながら立っている光景だ。もしあの頃スマフォがあったなら近所のひとや通行人は泣く母の横でカシャカシャとシャッター音を鳴らしていたのだろうか。「めっちゃ燃えてる!」と友人にLINEでもしただろうか。17時頃に帰宅。身体が芯から冷えた。

 井戸川射子『ここはとても速い川』を読んだ。淀川沿いの小学五年生が主人公でその目線で書かれた地の文が関西弁で。もしおれの関西の友人がこのnoteを読んで「いまいちやった」と気に入らんかったらその本を買い取ったるわ。「だれとだれが友人やって?」と言い返すかもわからんけど紙の本も欲しいからちょうどええわ。

第一詩集で中原中也賞を受賞した注目詩人による、初めての小説集。

児童養護施設に暮らす小学5年生の集(しゅう)。園での年下の親友・ひじりとの楽しみは、近くの淀川にいる亀たちを見に行くことだった。温もりが伝わる繊細な言葉で子どもたちの日々を描いた表題作と、小説第一作「膨張」を収録。
「校門横の自転車置き場はいっぱい、地域の祭りやから小さい子も多いやんか。子ども乗せがしっかり固定されてる自転車が並んどって、雨避けは立体的なケース、卵のパックみたいやわ。透明な膜でも守られて、カバーされてれば冬でもちょっとはあったかいやろう。こんなんは乗ったことない、と思いながら硬いパイピング部分を撫でてみる。」
—『ここはとても速い川』井戸川射子著(講談社)
「テレビはリビングと低学年の部屋にあって、でも見てると急に親子コンサートとか挟んでくるから気が抜けへん。その点ユーチューブは安心やわ、題名に全部が書いてあって登場人物もまあ少ない、 CMも美容のやつばっかりやわ、家みたいな単位はあんまり出えへん。新しい大きいテレビがリビングに来て、リモコンに直接ユーチューブいけるボタンがあんねん。でもユーチューブは危険やから、先生が付いてる時しか見られへん。ヤドリギは一番大きな棟で今子どもは二十何人かおるから、ユーチューブ権っていうのが一ヵ月に一回くらいまわってくる。
—『ここはとても速い川』井戸川射子著(講談社)

 野間文芸賞の選考委員である保坂和志氏が〝選考で推す言葉を言っているうちに思わず涙してしまった〟ことについて、〝「感傷的な涙じゃないんだよ。心の揺れなのよ。泣ける話だから泣いたわけじゃない。勘違いしないで」〟と言った気持ちは、とてもよくわかる。

新人賞を受賞した「ここはとても速い川」について、選考委員である川上弘美氏は、5人の選考委員全員が丸をつけたとし、「選考で推す言葉を言っているうちに思わず涙してしまった選考委員もいました。『保坂が泣いた!』と(笑い)」と選考委員の保坂和志氏が選考中に涙を流したことを明かした。(2021年11月4日 22時14分スポーツ報知)

 ベーブ・ルースの伝記、花を移し替える行為、川遊びで流される場面のくだり、どうしてあれほどに心が揺れる描写ができるのか。地の文が関西弁だから読むひとを選ぶかもしれないけれど、それでも読んでほしいなと思う。

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