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ほうみたい

 もしあなたが大阪にいらっしゃった際、《ああっなんたる失態、トーキョージャイアンツのキャップとヤクルトスワローズのジャンパーのままで大阪ステーションに降り立ってしまった! いや違う、ここは大阪駅ではなく梅田駅だとカンパニーの彼奴らどもめからあれほど念を押されたというのに!しかしオーサカステーションシティとはどういうことなのだ……!?Garden cityの逆ということなのだろうか?駅自体がまるごとひとつの街、いうなればロンドンでいうThe City、City of OSAKAを成しているというのか、まるでサイエンス・フィクションの世界だ、ビジネスホテルへ向かえという指令も暗号なのだろうか……ホテルのようなひと目につくところで〈ビジネス〉をやれと……!?オレはゴ……デューク・トーゴーじゃないんだぜ、それよりもオレが大阪人(オーサカビト)ではないことがバレないように慎重に行動しなければ……せなあかん》と、まるでジョン・ル・カレのエスピオナージュ小説のようなピンチに陥ったとき。

 でも、大丈夫。そんなときは近くのタコ焼き屋で「ボウズで」と注文すれば「紛らわしいカッコしょってからに、なんやこいつオーサカのもんやんか、知らんけど」と、MI6(ミッシング/いうても/6番は永久欠番にきまっとるやろの略)の監視の目から逃れることができます。大ぴちょんくんの目から出る粒子ビームはあなたを対象外とするでしょう。

 この地域の人々はタコ焼きを多く食べることは、よく知られています。どこの駅に降り立っても徒歩三分以内にタコ焼き屋が設置されています。EV充電スタンドの数より多いのです。激しい内戦だった大坂冬の陣のあとからそう定められているのです。お店の前には大抵「1.甘ソース 2.辛ソース 3.醤油……」と符牒が書かれており番号を伝えたあと「マヨネーズとカツオはー?」と問われるのですが、実は店頭で注文するときに開口一番「ボウズ(何もかけない)」と、家に持ち帰る場合は半分は自分好みのポン酢、もう半分は自分好みのソースか何もかけずそのまま食べるひとが多いのです。これは任務とは直接関係のない余談ですが、どのポン酢やソースがタコ焼きに適しているかを発端とした、新聞には載らない争いが絶えません。我々側の世界の調査によるとローカルな地ポン酢や地ソースの種類はカンサイ・リージョンだけで実に八百万を数えると言われています。

 無駄な詮索やトラブルを避けるために、中折れ帽の鍔に指をかけトレンチコートの襟を立てながら平静を保って「ボウズで」と答えましょう。タコ焼きに入っているタコは実際のところ食感のための具ではなく、それを包む生地へ出汁をだすために入っているので、ソースをかけずそのまま食べても味がするのです。タコの替わりにチーズやソーセージが入っている、またはコンニャクとベニショーガしか入っていないタコ焼きを食べてみると、その事実を身をもって理解できることでしょう。また、この地方独特の料理である〈ベニショーガのテンプラ〉は、バトル・オブ・ザ・セキガハラ・バシンにて、ニンジャ・ソルジャーがコンバット・レーションとして携行したと言われていますって、そんなわけないやろ、さあ口に出してみましょう。「そんなわけないやろ」。あなたが窮地に陥ったとき──そんな顔をしないでください、可能性の話です──このフレーズを覚えておけばそこが死線であっても数秒の猶予が生じます。その数秒をうまく活かしてください。

 しかし、ここでひと安心して〈梅田ダンジョン〉などというどこかで目にした言葉を会話で使ってはいけません。基本的に梅田(大阪駅/梅田駅付近)の地下街で迷う大阪人というのはネットロアでしかなく、存在しないのです。たまに《なんやこっちから行って(地上に)出たほうが近いやん》ということがあるだけなのです。寒い国からやってきてこの地方に十数年のあいだ潜伏してきた私のアドバイスを信用……せやな、信じられへんわなじっさいのところ、この商売の悲しいとこやね、カンチョウいうたら違う意味やからねここでは、いや、いまのボケやで、間諜と浣腸を間違えるやつさすがにおらんわ、まあええわ、これをアホかと思おうが思うまいがあんたしだいや、誰も信じたらあかん、信じたらせつなくなるだけ……あほうみたい、悲しい色やね。あれは良い曲だ──任務の後、お互い生き残ったら、大ぴちょんくんがいちばん美しく見える場所でまた逢おう。さよならは言わないよ、いわへんよ。ほな、はキョートの言葉やから気をつけてな。



 タコ焼きをポン酢で食べるひとが多いのは本当の話。


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