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「髙橋さん、これって募金の人だよね…」

9年前の03月13日、日曜日、私は、グループホームの宿泊勤務でした。その日の朝、出勤前にガソリンスタンドに立ち寄ったところ、ガソリンの給油機に「ガソリン売り切れました」の張り紙が貼られていました。長いこと車を運転していて、ガソリンの売切れは初めてでした。東日本大震災から二日目のことです。私は、この時はまだ街から物資が無くなっていることにまったく気づいていませんでした。

日曜日のグループホーム勤務は、午前中に入居者と一緒に近くのコンビニにお弁当を買いに行きます。その後、ホームで入居者と一緒に翌朝まですごします。私の経営するホームは、深夜の支援がありません。夜は仮眠ができます。また、休みの日は、実家に帰っている人もいるので、比較的、ゆっくり入居者一人ひとりとお付き合いをすることができます。

9年前のこの日曜日も、入居者4人と一緒に近くのコンビニまで買い物に行きました。4人は知的な障がい、中には身体的な障がいを併せ持つ人たちです。その内の一人は常に支援が必要で、もう一人は少し支援が必要な人でした。あとの二人は、慣れた場所では支援が必要のない人でした。

コンビニへには、支援の必要がない2人が先に到着していました。私が他の2人とワンテンポ遅れてコンビニに入ったとたん、先に入店していた一人が私に言いました。
「ない!」

コンビニにはお弁当もお菓子残っていませんでした。私はここで初めて物資が不足していることを知りました。

仕方がないので、昼食はホームで備蓄している非常食を食べることにして、飲み物だけ買って帰ることにしました。私は、一人の入居者と一緒に会計を済ませてコンビニの外で待っていました。続いて支援の必要がない2人が出て来ました。しかし、もう一人が出て来ません。店内をのぞくと、レジ前でまごついていました。私がそばに行くとその人は私に向かって聞きました。
「髙橋さん、これって募金の人だよね…?」

その人は、お釣銭をレジ横に置かれた募金箱に入れようとしていました。しかし、手にマヒがあるため上手に入れられず困っていました。

その日の夕飯前、テレビから津波の映像が絶え間なく流れていました。食事を待つ入居者たちは、テレビにくぎ付けになっていました。その後、夕飯の用意ができて、一人の入居者がいつものようにテレビを消すと、そこにはいつもと変わらぬ夕飯の風景が広がりました。普通に夕飯が食べられるということに涙が止まりませんでした。

その後、他の入居者たちにコンビニでのことを話すと、募金をしたいという人が何人もいました。それから2ヶ月後、私は、グループホームの皆さんの気持ちを持って、東北に行きました。

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