怒りの哲学 正しい「怒り」は存在するか/アグネス・カラードほか

『on anger』(2020 MIT Press)の邦訳。

ある人たちは某シンガーが倒れた友人を思い救急車を蹴りあげた時称賛し(注1)、またある人たちは変革を求める怒りに対し「怒ってばかりじゃ伝わらないよ。理性的に議論しよう」などと言う。怒りについて。

シカゴ大学の哲学者アグネス・カラードの問題提起(第一部)に基づき、複数の書き手が応答し(第二部)、またインタビューや論考を寄せている(第三部)。

邦訳の内容紹介では「当代随一の哲学者たちが議論を戦わせた記録」とあり、実際書き手(一部インタビュー)17人のメインは哲学者なのであるが、一部古典研究者や、ポール・ブルームのような心理学者もいたりして。

トピックはアリストテレスやストア派から最近のtwitterやFACEBOOKのアカウント停止、キャンセルカルチャーや美徳シグナリングまでカバー。

なんというかOxford University PressのVery Short Introductionみたいなものを想像していただければよいかもしれない(岩波や丸善で翻訳シリーズが出てるアレ)。

邦題で検索してもあまり寄稿者についての情報が出てこないのだけど、これがまたけっこう豪華。『反共感論』のポール・ブルーム、『感情と法』のマーサ・ヌスバウム、『はらわたが煮えくりかえる』のジェシー・プリンツ、現代思想寄りでいうと批評理論のジュディス・バトラーなどなど。

あまり偏りなく様々な探究のアプローチや哲学の流派を扱っており、かつ怒りや感情についての泰斗について、わかってるな、安心できるな、と唸るセレクト……と私は思うのだがどうだろう(一部見解に違いとかはあるけれども)。

怒りには道徳的な面と虐待・報復のような暗黒面があり、暗黒面を回避しつつ怒りを支配からの解放の為に肯定する者(e.g.ヌスバウム)、怒りそれ自体を否定する派(儒教、道教、ストア派)、怒りの道徳面と暗黒面は切り離せないよとする者(e.g.ニーチェ、フーコー、アグネス・カラード)、さまざま紹介され、また、論じられる。

ブックガイドがあればよかったが、ないので寄稿者の情動関係の代表作にすすんでみるのもいいかと思う。例えば本書においてジェシー・プリンツはエッセイ風味だが『はらわたが煮えくりかえる』ではもっと情動についての生物学・脳神経科学的知見が豊富で、重厚な哲学的議論が展開される。

怒りについての議論を知りたいときに最初の一歩に最適の一冊。

第1部 問題提起 怒りについて アグネス・カラード

第2部 応答と論評
暴力の選択 :ポール・ブルーム
損害の王国:エリザベス・ブルーニッヒ
被抑圧者の怒りと政治:デスモンド・ジャグモハン
怒りの社会生活:ダリル・キャメロン ビクトリア・スプリング
もっと重要なこと:ミーシャ・チェリー
なぜ怒りは間違った方向に進むのか:ジェシー・プリンツ
復讐なき責任:レイチェル・アックス
過去は序章にすぎない:バーバラ・ハーマン
道徳の純粋性への反論:オデッド・ナアマン
その傷は本物 :アグネス・カラード

第3部 インタビュー&論考集
ラディカルな命の平等性/ジュディス・バトラー へのインタビュー
怒りの歴史:デビッド・コンスタン
被害者の怒りとその代償:マーサ・C・ヌスバウム
誰の怒りが重要なのか:ホイットニー・フィリップス
正しい無礼:エイミー・オルバーディング


注1:鬼束ちひろ 救急車でググれ

怒りの哲学



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