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アイリッシュコンサーティーナにおける装飾音について #3 ロールの奏法

第2回目の記事ではカットとグレイスノートの奏法についてまとめました。今回は最も特徴的な装飾、ロール(Rollです。

ロールは、コンサーティーナでアイルランド音楽を演奏するにあたり特に難しいポイントだと思います。

私も長い期間、コンサーティーナにおけるロールとは何なのかはっきりと分からずに演奏してきてしまった後悔があるので、この機会に頑張ってまとめてみます。

※前回の記事はこちら。

注:私はプロではない一般のコンサーティーナ愛好家です。
何か間違いや追加情報などあればぜひコメントやTwitterなどで教えていただけると嬉しいです。

■まず、ロールとは何か

アイルランドのダンス音楽、リール・ジグ・ホーンパイプにおいて「8分音符が3つ分続く音価」を演奏するときに、楽器によっては「ロール」というテクニックが使われます。楽譜で表すと次のような部分のことです。
(※アイルランドの伝統音楽は口承で伝えられてきたもので、楽譜が主となり伝えられてきたものではありません。説明の便宜上用いています。)

キャプチャ7

青で囲った部分がロールを使える場所です。The Sessionなどの楽譜サイトでは次のように書かれていることも多いです。(個人的にこの書き方が誤解を生みやすいと思うのですが、詳細は次回の記事で。)

キャプチャ8

~ Cooley's より

この部分で使うロールを楽譜で表すと次のようになります。

キャプチャ9

テンポが速かったり、わずかにシャッフルが掛かったりする関係で音が後ろに詰まり、実際は以下のように聞こえることも多いです。

キャプチャ11

このように装飾する音(この場合はシ)を伸ばした後、前回説明したカットを上からと下からで連続で使い、元の音が3分割されるようにします。

なお、これはイーリアンパイプス、フィドル、ホイッスル、フルートで使われる奏法です。(バンジョーやマンドリンなどの撥弦楽器では同音トリプレットが用いられることが多いです。)

3つの音を分割するロールの奏法を用いることで、独特のリズム感やニュアンスが生まれます。

■コンサーティーナでどう表現するか

蛇腹楽器のコンサーティーナでは「8分音符が3つ分続く音価」をどのように演奏すればよいのでしょうか。

偉大なコンサーティーナ奏者たちが様々な工夫でこれを表現しています。

私が確認できただけでも3種類以上の方法があり、ロールと言っても実際はロールではなく、そのニュアンスを模した奏法が用いられることが多いです。

カットやグレイスノートと比べると、ロールは何をしているのか分かりづらいので、それぞれの奏法について詳しく検証していきたいと思います。

※以下、ロールの名称はオーストラリアのプレイヤーSimon Wells氏によるWebサイト「supplementary anglo concertina tutor」(https://concertutor.wordpress.com/)を参考に記載しています。Simon氏が言うように正式名称というものはありません

(1)フィドルロール(5ノートロール)

まずは文字通りのロールで、5音全てを弾く方法です。アイルランドの伝説的なコンサーティーナ奏者、Noel Hillが代表的です。(この方はその他にも様々な装飾を使いこなします)

大変難しいため、使っている奏者は少ないです。コンサーティーナの特性上、高速かつ音が被らないように演奏しないと音が濁って聞こえてしまいます。

【演奏例1】Noel Hill - Kiss the Maid Behind the Barrel (The Irish Concertina)
0:11などで使っていますが、あまりにも高速なのでスロー再生でようやく5音出していることが聞き取れます。

【演奏例2】Liam O'Brien
1:42から、ゆっくり目のジグで5音入れているのが聞き取れます。こちらは分かりやすいです。

これを簡略化して次のように弾く場合もあるようです。弾いてみると確かに似たような響きが得られます。
次項で解説するクランロールの一種とも言えるかもしれません。

【譜例】

キャプチャ14


(2)クランロール

イーリアンパイプスなどの奏法「クラン」に響きが近い弾き方です。
ロールする音が左手にあるときに使用可能です。
以下の例のように、2つのボタンを使い連続でカット(ダブルカット)します。比較的使いやすく便利です。

【譜例】

キャプチャ12

気を付ける点としては、装飾音の数が増えるため、和声感が出てしまいやすい点です。前回の記事でも書きましたが、あくまでも「音を区切るため」「リズムを作るため」の装飾音ですので、可能な限りピッチが目立たないように演奏する必要があると思われます。

2本の指で素早く、軽く弾くのがコツです。

【演奏例】Pádraig Rynne - Paddy Fahy's / The Dreaming Sea (Bye A While)

1:31からミ・ラ・レの順番でクランロールが出てきます。この奏者はクランロールをとても上手く使っており、効果音的に聞こえます。よく注意しないと音程が聞き取れないくらいです。

さらに、なんとCaitilin Nic Gabhannによるオンラインレッスン中級の無料公開部分(下の動画)で実際に使っている様子を繰り返し見られます!!

7:41から、クランロールと次項の右手ロールを連続で教えてくれます。


(3)右手ロール(トリプレット風ロール)

アコーディオンなどで使われる同音トリプレット(後述)に近い響きです。
ロールしたい音が右手にあるとき、隣のボタンを素早く挟みます。
後半は素早く2回同じボタンを押すことになるため、技術と同時に、楽器の性能(ボタンの反応速度)もある程度必要になります。

【譜例】

キャプチャ13

【演奏例1】Edel Fox
使用タイミングは1:231:30など。右手のソのロールです。

【演奏例2】Caitlín Nic Gabhann
使用タイミングは0:06、0:15など。シのロールとミのロールを続けて使っています。


■その他のロール奏法

海外のフォーラムを見ると、他にもまだまだ存在するようです。以下は私が習得しておらず、使用例などを検証するのも難しかったので簡単な紹介に留めておきます。

・スラップロール(Slap roll)
 ※別名ベローシェイク(Bellows shake)、ファントムボタン(Phantom button) 。
 右側のボタンの上のあたりを指でたたいて、弾みで音を途切れさせるらしいです。理論は分かったのですが難しい……。

・蛇腹変更ロール(Bellows change roll)
 クランロールのような方法ですが、装飾部分で蛇腹の向きを反対にする方法らしいです。例えばロールする音がソの場合、ソ(押し)ラファ(弾き)ソ(押し)のような方法です。

・スタッカートロール(Staccato roll)
 アコーディオンの奏法で、複数の指で同音を連打するトリプレットと同義のようです。コンサーティーナではボタンが小さいので困難なはずなのですが、これを効果的に使い活躍している奏者がいます。スコットランドの伝統音楽を演奏する方に多いように感じます。

【演奏例1】Mohsen Amini - Pict (Abyss)
【演奏例2】Niall Vallely - The High Drive / Clumsy Lover (Beyond Words)


■今回のまとめ

「8分音符3つ分の音価」の部分では、コンサーティーナでは3種類以上のロール奏法から選択して使うことができる。(2)クランロールと(3)右手ロールを使っている奏者が比較的多い、ということでした。

さて、記事が長くなりましたので、ロール編はまだ続きます。
次回は逆に「ロールを使わないときに気を付けること」を紹介します!