日本人として生きるために(分かりやすい儒学講座)その③テーマ 致良知
拝金主義の精神的背景
今の世の中、「拝金主義」が蔓延している、と嘆く声がかなり前から上がっていました。この拝金主義の風潮はいつの時代にもあることですが共通することとして、突き詰めて考えるならば心の問題であり、社会的には「自分に自信をもてない」人が増えているということではないでしょうか。自分がやっていることに確信が持てないと、必要以上に外に外にと自分の評価を求めようとします。陽明学では様々な現象の原因を自分の内に求めます。目に見えるお金や物質と自分の内なる心は別のものではなく繋がっています。
そして、このバランスが崩れ内なるもの、つまり自分という存在に自信が無くなるに従い、どんどん外に形あるものを求めてしまいます。
私がお会いする方で、特に事業をやられている方ですが「自分はこうなんです、ああなんです」と、最初から自分のことを強烈に意思表示する方が多く、一種のPR活動だと本人は思っているのかもしれませんが、私が思うに自分がやっていることに自信があれば黙っていても、その存在は人が自然に集まるものとなり、必要以上に意思表示をする必要はないと思います。
人の心の根底には楽しさを求める働きがあります。当然人生をよりよく楽しむために自分の心を映し出すための外の環境が必要になります。
自然の中に一人身を置いて静寂を楽しむ人もいれば、自分を認めてもらいたい、自分という存在を知ってもらいたいから人に注目してもらう為に、その道具として必要以上にお金を必要とする人もいます。
本来、儒教では人は七情(喜・怒・哀・懼(く)・愛・悪(お)・欲)を持ち合わせていて、その根底に有るのが「楽」と言われています。この感情はどれも必要なもので、例えば「欲」は人が生きていく上で必要なものですが、必要以上の「欲」は強欲となり悪になるのです。儒教・陽明学では、その七情に囚われない「中庸」を心がけさせています。当然、お金自体は悪でもなんでもありません。あくまで物なのです。
しかし、お金を必要とする必要以上の「欲」は人を悪に走らせる可能性を含んでいます。その人の器以上の欲は人をおかしくすることになるのです。
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