テレビで見る世界だけが、世界じゃない。
2019年4月 インド・アムリトサル
これは、みんなに知ってほしい。
テレビや新聞で見ている世界とは、また違った、もう一つの世界。
2019年4月30日。僕が平成最後の日に選んだ旅先は、インド・アムリトサルでした。
インド北西にある街、パンジャーブ州・アムリトサル。パキスタンから約30kmの場所に位置する街。そして、インド↔︎パキスタンの陸路国境で唯一開かれている検問所が近くにある街でもあります。
インドとパキスタンといえば、長年、対立を続け、緊張状態が続いています。
この2つの国は、もともとは同じ国でした。しかし、1947年にイギリスから独立する際、ヒンドゥー教が多くを占めるインドとイスラム教が多くを占めるパキスタンが、2つの国に分離して独立。その後、3度に渡る戦争を行い、今もなお、空爆が行われるなど、両国の関係は緊張状態にあります。
そんな両国ですから、両国間の移動も困難を極めます。両国の都市を結ぶ飛行機の直行便はなく、唯一利用できる陸路の国境もアムリトサル近くの「ワガ国境」のみ。両国の緊張状態は、国民の生活にも大きな影響を及ぼしていることがわかります。
▼両国の国境の門。手前がパキスタン、奥がインド。
そんな中、気になるニュースを耳にしました。
そのインド↔︎パキスタン国境で唯一開門している「ワガ国境」で、国境が閉門する日没前後に、毎日、儀式を行っているようなのです。それも、両国が同時に儀式を行い、そこには、数百、数千もの一般の市民まで観覧に駆けつけるというではありませんか。
これは、気になる!
そして僕は、その儀式を見るためだけに、インド・アムリトサルへの渡航を決めました。
その儀式の名は、“Border Ceremony”。閉門のタイミングで国旗を下ろすことから、“フラッグシップセレモニー”とも言われたりするそうです。
アムリトサルから、儀式の会場「ワガ国境」へは、タクシーでおよそ40分。現地に到着すると、大量のインド人が、この儀式を見るためだけに押し寄せていました。このためだけに、近隣の都市から大型のバスが何台も出ているようです。
▼入口の手荷物検査に並ぶ人々
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観戦に訪れた人たちは、国境の検問所に向かう道とは別のルートで、国境に隣接したスタンドまで移動します。入口で手荷物検査を受けて中に入ると、僕は、インド人たちとは別の席に案内され、最前列で儀式を見ることができる、外国人専用席に通されました。
緊張状態の国同士であるのにも関わらず、この儀式のためだけに、国境に隣接してスタンドが作られていることにも驚きましたが、そこに“外国人専用席”なるものが、それも一番観戦しやすい位置に用意されていることが、一番の驚きでした。
僕は時間に余裕を持って到着したものの、観覧席はまたたく間に超満員に。インド側だけでも、数千人もの人が来ているようです。同様に、パキスタン側にも観覧席があり、そちらにも、数百人もの人が来ているよう。人数ではインドがパキスタンを圧倒しています。
しかしながら、ここで、またしても僕は驚かされます。
緊張状態の両国民が集まったのにも関わらず、現場の雰囲気には、緊張感が一切ないのです。
両国民がこれだけ一か所に集まるのですから、相手を敵対視してピリピリしたムードになると想像していました。怒号や罵声も飛び交うのではないか、と。ですが、現場には一切そんな雰囲気はなく、みんな笑顔で、楽しそうな雰囲気なのです。国旗を振ったり、フェイスペイントをしている人もいたりして、もはや現場は、音楽フェスのよう。みんな、儀式が始まるのを心待ちにしているようでした。
▼スタンドはインド中から集まった人で超満員!
そんな雰囲気の中、日没直前になって、いよいよ儀式がスタート。
ここでも、フレンドリーな雰囲気は続きます。
まずは、女性だけが会場中央に集められました。パキスタン側を見て、整列させられています。何が始まるのか、注意してみていると、突然大音量でインドで人気のダンスミュージックが鳴り始めて、みんなが踊りだしたのです。踊り方は人それぞれ。これを見ているだけなら、正真正銘、ただの音楽フェスです。これに何の意味があるのかは、最後までわかりませんでしたが、とにかく踊ります。みんな笑顔が溢れています。ダンスは20分ほど続きました。
それが終わると、いよいよ、インド軍が入場します。ここからがメインイベントのようです。一段と歓声が大きくなってきました。
インド軍の兵士は、隊列を作って入場し、みんなキレ味鋭い動きを披露します。彼らの中には、お約束のポーズがあって、それは、かかと落としのような、足を天高く蹴り上げ、それを地面に向かって振り下ろす動き。これが出ると、スタンドから拍手喝采が起こります。
それが続いて全兵士が入場すると、会場の盛り上がりは最高潮に達します。日没も近づいてきて、儀式も最終盤へ。どんなフィナーレを迎えるのか、僕は期待で胸が高鳴ります。
すると、儀式の中でも一番目立っていた、1人の屈強な兵士が、物凄い勢いで、門で閉ざされた国境へ向かって、突進し始めたではありませんか。
そして、なんとここで、両国を隔てていた、国境の門が、開門されたのです。
こんな展開が待っているとは、僕は聞いていません!まさか、両軍が一触即発……!?
と思いきや、実は、両国軍は息がぴったり。
開門した国境部分に引かれた、幅が約30cmの白線を挟んで、インド軍の兵士とパキスタン軍の兵士が、見事にシンクロした動きを見せて、お約束のかかと落としポーズを決めます。そして、最後は、まさかの、両軍の兵士が国境で、がっちり握手を交わして儀式は終了。
これが、インドとパキスタンの国境の日没直前の光景です。
仲が非常に悪いと言われている両国の国境での、世界でも稀なセレモニー。こんな儀式が、毎日行われているというのです。
テレビや新聞で報道されるのは、両国間の不協和音ばかり。でも、僕が現地で見た光景は、そんな険悪なものではなかったのです。そこだけ見たら、普通に仲が良い国同士のような不思議な光景。
もちろん僕が見たものがすべてだとは思わないけれど、これも一つの現実。たしかに、僕は見たんだ。日本にいるだけでは、決して知ることのなかった現実。テレビや新聞では報道されない、インターネットでも配信されない、現実。
旅をすると、そんなもう一つの現実にも時たま出合う。僕らが知らない、もう一つの世界。
世界はまだまだ知らないことだらけ。
そんな光景を求めて、世界のどこかへ、僕はまた旅に出るんだ。