彼の希望はプライドにある

話せばわかるが彼は善良な人である。普段は生まれつきなのか、性格により次第にそうなったのか、目つきが悪く、癇が走りすぎるので辛辣なことを口にすることもあって、敬遠されがちなのだが、ごくごく日常の生活の中で、平穏な調子でいるときは普通の世間話もするし、たわいもないことで笑い、気分がのってくると中々魅力的なユーモアも発する。

今、彼を暗くしてるのは自分の尊大さをまかなえない、というよりいずれまかないきれなくなるだろうという予感、それが彼を焦燥とさせている。

経済的な不安といえば経済的な不安だが、決して生活それ自体が困窮しているわけじゃない。相対的にみれば、賃金は同世代の中で平均的か、いやそれ以上で、生活水準から言うと余裕がありすぎるくらいである。

彼はなんでも自分の派手な側面にうまく光をあてて、放蕩者のような、欲望の赴くままに生きているような見方をされるように周囲の人を誘導しているが、彼の毎日を追っていくと、堅実な基盤をしっかり持っていることがわかる。

決して衝動に任せて、堕落しているわけじゃない。変な言い方になるが、堕落する時さえ、きちんと堕落するように道を据えている。それはデガダンス趣味だからではなく、本心を隠すための蓑なのである。

いずれ年齢が進み、人生の段階が変わっていくと、今の仕事が自分の尊大さを満たすことが出来なくなるだろうと彼ははっきりと実感している。嫁や家族が出来る、そうすると、もうてんわやんわの生活、まあ、なんとかやっていける程度の余力しかもてない、そう感じている。

嫁や子どもが欲しくないわけじゃなく、そういうのも悪くないと思っているが、優先順位は、自分の尊大さを満たしてやることで、それが彼の最大の希望である。家庭などと言ったことはそれからのことなのである。

稼ぎの額は、彼にとって本質的には大した問題でない。たとえ隣人が自分より裕福で、それに見合った尊大な態度をとっていても彼には関係ないだろう。あくまで自身がどうであるかということにしか彼は尺度を持たない。

彼が必要とする尊大さは、世間一般が思う「立派な大人」の常に上回っているので、お金を稼ぐ手段が、この尊大さを引き下げてはいけないし、かといって目的が満たせなくなるのもいけない。彼はこれにまだ気付いていないため、袋小路に入ったように気が停滞して、じめっとした空気のむかむかとする感じの正体にも気付いていない。彼が最近怒りっぽいのは仕方のないことである。

彼の持つこの尊大さは、いつも彼に勇気や自信を与えてきて、力強い初めの第一歩を作り出してきた。勢いだけで挫けるときもあるが、自分に適ったものであった場合、我慢強く向き合うこともできた。それがまた力強い一歩を生み出すことにもつながっていた。

反対に、足かせになっているのは、それに伴う自意識の強さである。シンプルに真っ直ぐやればいいことも、つい彼の理想の道筋でないといけないという拘りがあり、そのこだわりの核心にある自分のプライドの高さが世間に見抜かれているのではないかといったことに、本能的に恐怖を感じている。そのため華やかな手段に打ってでるくせに、それが個人的な好みに依っていることはみつかりたくないという、なんとも不安定な心の状態にある。

彼の尊大さは自分自身にしか埋められないことだが、まだそこまで認識が至っていないので、行動の動機が容易に、世間に褒められたい、認められたい、その定規の上で打ち負かしていたいという傲慢さになったりもする。自分のことにしか興味はないが、他人が自分を見る目というものには非常に気にしている。

一度、彼はそれを大きく割ってしまわないといけない。そして素直に、自分の欲望に沿って、自分の尊大さを満たしてやる手段を見つけてやらないといけない。純粋な自己中にならないといけない。そこからはじめて彼の戦いは始まる。

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