なくした記憶と頭痛スイッチ

ところどころ、記憶がない。とてもショックなことがあると、わたしの頭はその周辺の記憶を削ってしまう、らしい。らしい、というのは、特にそれについてなんとかしようとしたり、専門医に診てもらったりしたことはないからだ。別に記憶がなくてもわたしは困らない。

ある日記憶に穴があることに気づいた。その穴に近づくと頭痛がした。その時わたしが感じた気持ちは、「なんだこれ! マンガや小説に出てくるやつみたい!」だった。思い出そうとすると、ねっちりとしたいやらしい、それでいて鋭い頭痛が襲う。それがとにかくおもしろかった。こんな嘘みたいなことがあるんだろうか。体験したことのない危険信号が発せられ、思い出そうとするだけで頭痛が始まる。わたしは自分に備わった変なスイッチが気になって、おもしろくて、時々押して遊んだ。(このエントリでも頭痛スイッチについては少し触れている)

やがて頭痛スイッチを押すだけの行為に飽きたわたしは、10年以上かけて少しずつ、元になった記憶を思い出そうとした。記憶の回復に執着はしていないし、「治したい」とは思わなかったので病院には行かなかった。都合のいい時に時々穴に近づいて、周りを掘り崩す。そうやって、二つの穴に何が埋まっているのかを、なんとなくではあるが突き止めた。やはり近づけば近づくほど頭痛がひどくなるので、はっきりとは思いだせない。一つは友人の残酷な死、一つは性的被害のようだ。2つ以上あるような気もするが、数を確認することにはあまり興味がないので、とりあえず穴掘りはこの2つに絞った。

最近は頭痛掘り以外に娯楽がたくさんあるので、あまりやっていない。それでもたまに、ちょっとずつ掘り崩している。たぶん忘れてしまうほどつらい記憶なのだろうから、思い出したら苦しむのかもしれない。後悔するのかもしれない。それならそれで、体験してみたい。わたしは記憶を取り戻して、苦しむ自分を見てみたい!

こんなことを考えるのは異常だと思う。痛いのなんて嫌いだ、苦しみなんて味わいたくない。でももう一つ別な気持ちがわたしの中にあって、そいつは「なんでもいいから、見たことのない自分を見てみたい。もっとおもしろいもの見たい、体験したい!」と騒ぐのだ。もしこれが、「”思い出そうとすると頭痛がする”という、フィクションから学んだ自分の思い込みから生まれた虚偽」ならそれでもよい。それもまた、とてもおもしろい。思い込みだけで頭痛スイッチを設置できるほど、人間の体は融通が利くということになるからだ。

真実か? 自分さえだます嘘なのか? 単なる思い込みか?
思いだせるのか? 一生忘れたままか? 記憶の透けた断片をたくさん手に入れて終わるのか?

気になる、とても気になる。
しかしまずはほかにやるべきことがたくさんある。自然、穴掘りは後回しになる。忙しい楽しい人生に感謝を。

ありがとうございます サポートへのメッセージには個別にお返事を差し上げています でも Twitchをフォローしていただけるのがサポートとしてはいちばんうれしいです https://www.twitch.tv/rurune お金は大事にとっておいてください