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お花畑の次郎さん

みなさんは『お花畑の次郎さん』をご存知ですか?

中央に鳥居の絵を描き、左右に「はい」「いいえ」、周囲には五十音と0~9までの数字を書く――そう、『こっくりさん』の亜流です。
違いは、鳥居の廻りに花の絵を描くこと。
小学生のころの噂では、『こっくりさん』は正確にやらなかったり怒らせると呪われる、『お花畑の次郎さん』は怒ったりしないと言われていました。

小学六年生のある日、神田君の家で『お花畑の次郎さん』をやろうと言うことになりました。
たしか三月のことだったと思います。
集まったのは私と鹿野君――【図書室】で金縛りにあった彼です。

一年前に起きたあの日のことは私たち二人の見間違い、気のせいということになっていたし、少なくとも私はそう思っていました。
この日までは。


始める前に換気用の小窓を少し開けて、『次郎さん』が入って来やすいようにしたことを鮮明に覚えています。
画用紙を用意して準備を終え、十円玉を鳥居の上に置きます。
十円玉の上に三人が右手の人差し指をそっと乗せると、声を合わせて唱えました。
お花畑の次郎さん、お花畑の次郎さん。おいでになりましたら鳥居の廻りを御回りください
少しの間を置き、ゆっくりと十円玉が動き始めます。
まるで意思を持ったかのように滑らかに十円玉が鳥居の廻りを回り始めました。

三人で代わる代わる質問をした覚えがありますが、何を聞いたかは忘れてしまいました。
小学生の聞くことだから誰々の好きな人は? などくだらないことだったのかもしれません。
質問に応じて、十円玉は「はい」「いいえ」の方へ動いていき、時には五十音の上を順番に動いて言葉で伝えてくれることもありました。


小一時間ほどやっていたでしょうか。
もう終わりにしようと言うことになりました。
『こっくりさん』と同様に、終わり方は大切だと言われています。
いきなり指を離してはいけない、必ず終わることを『次郎さん』に確認して、帰って頂いてから指を離すのが決まりです。
これを守らなければ呪われる、噂ではそう聞いていました。

また三人で声を合わせます。
「お花畑の次郎さん、お花畑の次郎さん。どうぞお帰り下さい」
三人の指を乗せた十円玉がゆっくりと動き始めます。
「はい」へ行った後に鳥居へ戻れば終わり、のはずが……。


十円玉は「いいえ」を選びました


私たちは焦りました。
顔を見合わせ、もう一度帰って頂くようにお願いしても、十円玉は「いいえ」に。
二、三度お願いしたら、今度は鳥居の廻りを十円玉がぐるぐる回り始めました。
まるでイラついているかのように、今までよりも速いスピードで。


このときは、きっととても怖かったはずです。
数十年経った今、こうしてあの日のことを思い出しながら書いているだけでうなじの辺りがぞわぞわしています。

十円玉が落ち着いてから、私が一つ質問をしました。
「どうして帰ってくれないのですか」
答えがもらえると期待していたのではなく、どうしていいか分からずに尋ねたのでしょう。
誰も口には出しませんでしたが、「指を離したら呪われる」との思いが強く心に突き刺さっていました。
十円玉は五十音の上を静かに滑っていきます。

 
 ゆ
 ご
 れ
 い
 が
 つ
 よ
 い


思ってもいなかった答えに、何を言われたのかとっさには分かりませんでした。
(しゆごれいがつよい……守護霊が強い?)
そう思っている間にも、十円玉は動くことを止めません。
続いて示されたのは「かんだはいい」でした。
これも『次郎さん』の真意がわからず戸惑っていると、鹿野君がたずねます。
「神田君は指を離してもいいんですか?」
十円玉はゆっくりと「はい」の上に停まりました。


こうして、三人で行うものとされていた『お花畑の次郎さん』が、その『次郎さん』からの要望(?)で私と鹿野君の二人だけで続けることになりました。
緊張した二人を、神田君も心配げに見ています。
どうしていいか分からず黙ったまま右手の人差し指を十円玉にのせていました。
十円玉も動くわけではなく、鳥居の上でじっとしています。
しばらくたって口を開いたのは鹿野君でした。
「二人のどちらの守護霊が強いのですか?」
再び静かに動き出した十円玉は、「かの」を示しました。


この後、何を聞いたのかも覚えていません。
神田君が指を離してから一時間ほど経った頃でしょうか。
十円玉が「おわり」を示して、私たちが始めた『お花畑の次郎さん』を無事に終えることが出来ました。



すでに時間が遅く、精神的にもどっと疲れたので、帰ることになりました。
神田君の家を出てすぐに鹿野君が私を見ます。
「去年の図書室……」
同じことを考えていた私は黙ってうなづきました
霊感が強い(私たちは勝手に、そう解釈しました)二人だったから『見えた』んだ、特に強い鹿野君だから金縛りにあったんだと。



十年後に全く違う状況で『次郎さん』と同じように「守護霊が強い」と言われるとは、このときには夢にも思っていませんでした


注:文中の個人名はすべて仮名です。
 

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