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必要な時にちゃんと叱られると人は愛を感じるものだ

母に本気で叱られた事が3回だけある。

幼児造形教育者の母は
仕事柄子ども文化にかなり理解があったので
躾は厳しかったが
いわゆる子どものいたずらや失敗に関して
我が子を強く糾弾するということはほぼなかった。

私も大小いろいろ散々やらかしたので
小さなことはもはや覚えていないが
この3つだけはかなり印象的だったので
今でも鮮明に記憶している

まずはひとつ目。
医学部の入学手続きを先延ばしにした時。
書類作成や事務手続きが死ぬほど嫌いだった私は
合格して書類が送られてきても
ギリギリまで手続きを先延ばしにしていた。
だってめんどくさかったんだもの。

で、当然
「入学意思はありますか?辞退しますか?」
と大学から母に電話が入り
あの馬鹿タレが!
と激怒した母が高校に電話をかけてきた

授業中に担任から呼ばれ
何かあったかな?と呑気に職員室に行くと
「あんた何考えてんの!!!!!?????」
と電話口で怒鳴られた。
あー電話口から大声の吹き出し💬が出て
本人が耳を押さえてる漫画のシーンみたいだなと思った。
ヤベー、やっぱりダメだったか、潮時だな。
観念してその場で手続きをした。
おかげで今私はこの仕事を手にしている。

二つ目はある秋の話。
まだ小学校の頃 (たしか高学年)
近所の銀杏並木のイチョウの実が 
路上にたくさん落ちていた。
母は銀杏が好きで、よく美味しそうに食べていた
幼い私は思った
そうだ、お母ちゃんに持って帰ろう 
これだけ沢山あればきっと喜ぶに違いない 

実際に拾ったことのある方はご存知だろう
銀杏は季節の風物詩だが、なにぶん臭いが凄まじい
美味しく食べるには
土に埋めて…の工程が必須なのだが
それを知ったのはもっとずっと先の話なわけで
ネットもない時代に小学生には調べようもなく
お母ちゃんが帰ってきたら聞けばいいやと
とりあえず玄関に放置した

馬車馬のように働き、夕方疲れて帰宅した母が
家中に漂う異臭に激怒したのはいうまでもない。

そして3つ目。これも小学校高学年の話。
ベランダをつたって自宅から隣家へ侵入したこと。
隣家へ侵入したことももちろん問題はあるが
隣家も同級生の家であり
その同級生と一緒に遊んでいる中でやったことなので
侵入自体はそこまでお咎めなかった
問題はそれがマンションの6階だったということだ。
つまり正確に言うと
6階の「ベランダ柵の外側」をつたい隣家に侵入
という、まるで芸人か泥棒のようなことをしたのだ
まったく何考えてたんだか。

度胸試しだからね
親には言っちゃダメだよ
仲間同士互いに言い聞かせたが
そんな話はどこからか必ず漏れてしまうわけで
当然母の耳にも入った
母は青ざめ、そしてもちろん激怒した。
当然ながら
「駒!!あんたちょっとここに座りなさい!!??」
と、人生最大の説教を喰らった。


必要な時にちゃんと叱られると
人は愛を感じるものだ
悪いことしたら本気で止めてくれる
ちゃんと私のことを心配してくれているのだ
子どもはとくに
あまりに叱られないと不安になって
わざわざ心配されるようなことをする
(念のため言うが、私の上記エピソードは故意ではない)

子どもは日々の暮らしを親に依存しているから
親が餌をくれるかどうかは死活問題である
お腹だけでなく心にも餌がもらえないと
彼らは生きていけない
親が自分に関心がないという事実ほど
子どもにとって衝撃なことはない
彼らのほとんどはそれを受け止めきれない
嫌われてでもいいから関心を持ってもらいたいと
(無意識に)切望する
本当にママはパパは私のことを大切に思っているの?
こんな私でも受け止めてくれるの?
そんな悲鳴が外来には溢れている


そういう意味では
生育環境はハードだったが
私は母の愛を1ミリも疑うことはなかった
それは子どもとして
本当に幸せなことだったと改めて思う

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