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トラウマ治療について⑱「『心的外傷と回復』を読む」

トラウマ研究のバイブル

「心的外傷と回復」はあまりにも有名で、トラウマについての本を読むと、必ずどこかしらで引用されていたり言及されていた。いずれは読みたい、読むべきだと思いながらここまで引っ張ってしまった。ちなみについ最近出版された「真実と修復」もそのうち読んでみたい。


著者のジュディス・ハーマン博士は複雑性PTSDの提唱者だ。女性の性暴力被害を中心に、心的外傷の研究を続けてきた。


硬質な文章なのに引き込まれていく

この本は2023年に出版された増補新版で、ハーマン博士による2015年と2022年のあとがきが入っている。日本での初版は1996年らしい。

ハーマンさん(と呼ばせてもらいたい)はフェミニストであり、女性への性暴力(近親からお被害や幼少期も含む)やDV被害が事例の中心になっている。謝辞にも「本書はその生命を女性解放運動に負うものである。」と書かれている。

内容は、心的外傷に関する研究の歴史(ジャネやフロイトなど)から始まり、それ以降は心的外傷が被害者へどのような影響を与え、どんな症状が出てくるのかが詳しく書かれている。

事例としては、上に書いた女性への暴力全般以外に、虐待された児童、戦争での心的外傷やナチスのホロコーストの生存者、監禁状態に置かれた政治的捕囚(良心の囚人とあった)などがあった。「こんな私なんかがトラウマなんて言えないっす」みたいなACあるある感情を持つ身からすると、事例がどれも壮絶で別世界のような感じではあるが、この本に限ってはさほど気にならなかった。

硬質な文章だし、決して易しい内容ではないのだが、どんどん引き込まれた。
最初の歴史のところは教科書のような感じだったが、それ以降の「心的外傷によって人がどのように損なわれ、そこから回復していくか」という過程の文章の力がすごい。訳もとてもいいのだと思う(訳は著名な精神科医の中井久夫先生である。2022年に残念ながら亡くなられた)。


読んでは泣くの繰り返し

私が揺さぶられたのは「心的外傷で損なわれていく」過程だった。事例自体は私のとは比べものにならない凄惨なものであっても、その心理や感情は少し似ているものを感じることが多かった。

特に第5章は読んでは泣き、泣き止んでは読むという感じだった。こういったトラウマ関連の本を読むと「あなたのその感情や当時感じたことはおかしなことではないよ」「そういった症状が出ても無理はないんだよ、あなたは異常ではない」と勇気づけてもらえる。今私の周りには、担当のセラピストやカウンセラーだけではなく、これまでに読んできた本の著者の皆さんもいて「大丈夫、その感情は大袈裟ではないしなかったことにしてはならないよ」と言ってくれている感じ。そこにハーマンさんも加わった。

自分をずっと悪い子だと思ってきた私には、これらの部分に撃ち抜かれた。これまでに読んだ本にも同様の内容はあったし、セラピーなどでも指摘されたりもしてきたが、特にこの文章はすんなりと私の中に嵌った。

「虐待という現実を回避することが不可能になると、被虐待児は虐待を正当化する意味体系をこさえ上げなければならなくなる。被虐待児は自分は生まれつき悪い子で、それが原因なのだと結論せざるをえなくなる。その子はこの説明を幼い時に採用し、それにしがみつきつづける。それは、そう考えればその子の意味と希望と力との感覚を保全することができるからである。」

「自己非難は幼年時代の正常な思考形成と両立するものである。幼年期においては自己があらゆる事件の引照基準点だからである。」

「慢性虐待が行われている環境においては、時間がたっても経験が重なっても、それらはこの自己非難に何ら傾向性を修正してくれない。逆にだんだん強化するのである。被虐待児の自分の心が悪いのだという感覚は、両親がその子をスケープゴートに仕立てて直接裏書きするかもしれない。」

「自分は汚れた、世をはばかる印のついた者だという自己同一性を育てて、被虐待児は虐待者の悪を自分の中に取り込み、そのことによって両親への一次的アタッチメントを維持する。自分は悪い心の持主だという感じが関係を保ってくれたのであるから、この感じは虐待が終わった後でも存在をやめない。それは子どもの人格構造の安定した不変の部分となってしまう。」


回復のためにまず必要なこと

後半の回復の過程で、三段階の回復モデルが示されている。

第一段階:安全
第二段階:回想と服喪追悼
第三段階:再結合

第一段階はそのまんま安全を確立し安心感を得るようにすることで、第二段階は外傷のストーリーを詳細に語る段階(「自分の悲しい運命が自分の責任ではないことを認めるにしたがって、児童期には直面できなかった実存的絶望に向かい合わなければならなくなる」)、第三段階は通常生活との再結合だ。もちろん、この段階はきっちり分かれているわけではないし、螺旋的に行きつ戻りつしたりする。どんなことにしても、回復というのはそういうものなのだな。V字回復は無い。

そして、あらゆるところで「時間がかかるよ」「いろんなアプローチを根気強くやってみようよ」と言われているが、ハーマンさんも「外傷症候群にはこれ一発で効くという『魔法の弾丸』はない。」と書いている。

そして、第一段階の安全がとても大事らしい。ここをすっ飛ばして何がしかの心理療法や治療を行っても、まずうまくいかない。ここをちゃんと完了してから次に進まなくてはならない。

EMDRの安全なイメージやリソースを作ることや、SEでの「今ここ」の感覚や身の回りを安全で安心感のある状態にすることというのは、これと同じことなのだろうと思った。EMDRもただ処理すればいいというものではないらしいし、手強そうな記憶を処理する前に、整理のためにカウンセリングのみだった回があったのを思い出した。


治療者も大変だ

この本は治療者に向けて、治療者としてどのように心的外傷を受けた患者と向き合っていくかについても書かれている。

それを読んでいると、トラウマを抱えた患者に向き合うのは本当に大変なことだとこちらの方がしんどくなった。真摯に向き合ってくれる治療者の皆さんには本当にすごいとしか言いようがない。ありがたい。

転移と逆転移について詳細に書かれていたのだけど、凄まじかった。特に外傷症候群の患者は特別なタイプの転移や逆転移を作るらしい。ただでさえ転移や逆転移は厄介そうなのに。

ちなみに転移と逆転移についての説明はこちら。

私も転移や逆転移をしているのだろうか?ちなみに、以前受けてしまった専門家ではない人たちがやっている講座では、バッチリ転移も逆転移もしていた。講師が素人なのだから当然だけど。今思えば恐ろしいことをしていたものだ。素人がトラウマ持ちに太刀打ちできるわけがない。


達成感でいっぱい

いずれ読んでみたい本を読めたので、今は「やったったぞ」みたいな達成感でいっぱいだ。しかも面白かったし沁みた。一回だけじゃ足りないので、何度も読み返すつもりだ。

ハーマンさんにありがとうと言いたい。長生きしてね。





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