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カウンセリング/14回目

前回からの振り返りと報告

・ここのところ夏バテ気味で自分に向き合う「作業」はあまりできなかったこと
・母に対して「どうにかしてわからせてやりたい」という怒りには向き合ってみたこと
・やっぱり夫に腹が立つ


夫へのいら立ち

前回は夫に対しての気持ちの変化を感じていたが、ここ1週間は夫に対して腹が立つことが多かった。夫の生活態度に対して寛容になれるはずもなく(おそらく、誰が奥さんになっても無理って思うはずだ。夫を下回る衛生観念を持つ人でない限り)、無理なものは無理なのだから仕方ないにしても、腹を立てすぎている。

心当たりはいくつかある。
夫が秋ぐらいには単身赴任することになり、私が「待ちきれない」という気持ちになってしまった。ここ2年以上、夫は出張以外は在宅勤務でほぼ毎日ずっと家にいた。夫の定年後に妻が病むという話を聞いたことがあるけど、本当にその気持ちがわかる。しかも夫は家にいても進んで家事をやるタイプではない。そして、私は1人の方が気楽なので余計にきつい。
これまでは考えても仕方が無いので諦めてきたけれど、やっぱり嫌だったんだと認めたら、なんだか耐えがたくなってきたのだった。
それで、夫が鬱陶しく感じる。

夫は夫で、希望の部署に戻ったら忙しくなり、以前のような「仕事のみで他のことは全てお留守」という状態に戻った。私にはますます腹立たしい。いっそのこと早くいなくなってほしい。楽になって解放されたいと思う。

夫は構ってちゃんなところがあり、私は嫌なのに「何とかしないと」という意識で先回りしたり世話を焼いたりするところがあった。そうするとますます夫はエスカレートする。私はどんどん鬱陶しくなりながらも構ってしまう、という負のループを繰り返してきた。

少し前から構うのをやめて、夫と境界線を引くようにしてきた。でも夫の方はまだ構ってちゃんなところを見せてくる。私はそれを見てイライラする。夫をどうにかしようとするのは止めたのに、まだ意識の方では夫の面倒を見ようとしているのだろう。

私が安心したいから周りをコントロールしようとする、というのは私がずっとやってきたことだった。うまくコントロールできた試しは無いけれど。


精神的な面倒を見てきたこと

カウンセラーに「ご両親の時と同じように、旦那さんの精神的な面倒を見ようとしているのではないですか」と言われた。
確かにそれはあると思う。そして夫は私に少し依存していたのだと感じる。
私は小さい頃から両親を見張るようなことをしてきて、家を出て結婚してようやく解放されると思ったら、今度は夫がそういう対象になってしまった(夫もそういう素質を持った人だった。私が無意識でそういう人を選んだのだろう)。また苦しいことの繰り返しなのか、とうんざりしてきた。
それを止める。私が変わることで、夫も変わっていくはず。お互いに成長する時なのだと思う。

精神的な面倒を見るのを止めても「夫が私に何か求めているように思えて鬱陶しく感じる」というのは、まだそういう意識でいるからだと、カウンセラーと話していて気づいた。
もう面倒は見なくていいんだよと自分で納得するには、「当時の」父や母との関係を見直して、自分の「当時の」気持ちを受け止めることが必要らしい。当時の、がポイント。今は関係無い。

今回は母とのことを中心に話していたが、母は私に依存していたのだと気づいた。私のことを「困った子」として母親としての役割を果たしていたような母だったが、私に母のことを分かって欲しい、味方になって欲しい、母側に来て欲しいという言動をいつもしていた。父とのことについては、私と共犯関係のようにもなりたがった。

漫画やドラマでは、母親に味方する娘というのがよく出てくる。私は母が激しすぎて、味方するとかそういう気持ちにはなれなかった。それでも母は意に介さずに、母と私と弟の3人は「父の被害者」というポジションにし続けた。私にしてみれば、父と母はセットだったのだけど。

もう誰の精神的な面倒も見なくていいんだよ、と自分に言ってあげたい。そんなしんどいことはする必要が無い。


母がわかってくれる日は来ない

「母にどうにかしてわからせてやりたい」という怒りを持っていたことについて、いろいろと考えた。
小さい頃は、自分が病気をしたりケガをしたり、死んでしまったりしたら母が泣いて後悔して「ようやくわかった、ごめんなさい」と謝るのではないか、そうさせてやりたいという気持ちを持っていた。ギャフンと言わせてやりたい、というのに近いかもしれない。

私は小さい頃から命には関わらないような病気はいくつか経験してきた。原因はストレスかもしれないし、他の原因かもしれない。
記憶をたどると、母はそういう時に決して私が妄想していたような反応はしていなかった。心配して病院に連れて行ってくれたが、決して泣いて後悔して「ごめんね」などとは言わなかった(当たり前なのだけど)。

母は被害者意識が強く、自分が常に正しいと思っている人だった。自分の話ばかりをしたがり、私の話もいつの間にか母の話になってしまう。そういう人なのだ。私が小さい頃望んでいたように、母が私のことをわかってくれるという日は来ないし(今の母には求めていないけれど)、どんなに私が頑張ってもわかってくれていた可能性は無かったのだ。それがはっきりとわかった。子供の頃の私には悲しいけれど。

(そして、ここで「母は心配してくれたし病院にも連れて行ってくれた、私の幸せを願っていなかったはずはないし私は恵まれていた」というのも事実なのだけど、それは大人の私が思っていることなので脇に置いておく。今は子どもの頃の私の視点からの気持ちが大事)


毎回泣いている

それにしても、毎回カウンセリング中にどうにもならないぐらいに泣いてしまう。今回は大丈夫だろうと思っても、毎回だ。
カウンセラーには「泣くのはとてもいいことです。浄化作用がありますし、泣きたいだけたくさん泣いてください」と言われた。
毎回決まった時間に定期的に整理して吐き出して泣けるというのは、とてもいいことなのかもしれない。



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