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トラウマ関連の読書記録③「体と脳に記録されたトラウマとその回復」

トラウマ治療研究の歴史と集大成

ずっと読みたいと思っていたこちらの本を、ようやく読了した。

600ページにも及ぶ本だが、とても読みやすかった。前半は自身のトラウマ研究の歩みと精神医学がトラウマ治療にどのように関わってきたかの歴史で、後半はトラウマからの回復方法や豊富な事例、周辺の研究者たちとの交流も書かれている。
精神医学の歴史とトラウマ研究の歴史を紐解いているので、フロイトやジャネ、ユング、ボウルビィなどの名前も出てくる。カバットジン(マインドフルネス)やシャピロ(EMDR)、オグデン(センサリーモーターサイコセラピー)も巻頭の賛辞に載っている。
何だか「豪華全部載せ」みたいな本であった。

トラウマは体に記録される。すなわち脳に影響を与え、脳の中に記録され体に記録される。幼少期の傷ついた体験でできた慢性的なトラウマや、災害や戦争などの強烈なトラウマは、脳に影響を与えて通常とは異なる働きを作り上げ、さまざまな症状や障害を起こすことが脳波や脳画像の研究で明らかになっていく過程が恐ろしかった。

脳の働きが通常とは違っちゃうのか。それなら「人のことを信じられないのは私が自分を信じられないからだし、人を信じる覚悟がないからだ」とか、間抜けなことを言ってる場合ではない。そんなことでますます自己否定を自分の中に植え付けるのは悪手中の悪手だ。

「私たちがどれほど洞察や理解を深めようとも、理性を司る理性脳には情動脳を説得できない。情動脳が現実と捉えているものから、情動脳を抜け出させることは基本的に出来ないのだ」
「彼らは『あのとき』にとどまり続け、『今』に生きる術、現在を思う存分生きる術を知らなかった」

それでは、どうやって脳の働きや体に記憶された傷を回復していくのか。


トラウマ回復への3つの方法

 この本のプロローグに、回復への方法が3つ書いてある。
「脳そのものが本来備えている神経可塑性を利用する手法を開発したり体験を考案したりしてサバイバーを助け、彼らが今このときに思う存分生きていると感じ、自分の人生を歩んでいけるようにすることができる。」

  1. 他者と話し、(再び)つながり、トラウマの記憶を処理しながら、自分に何が起こっているのかを知って理解するというトップダウンの方法

  2. 不適切な警告反応を抑制する薬を服用したり、脳が情報をまとめる方法を変えるような他の技術を利用したりする方法

  3. トラウマに起因する無力感や憤激、虚脱状態とは相容れないと体の芯から感じられる体験をすることによるボトムアップの方法

これらの方法のどれが最適かは「実際にやってみないとわからない」。1つだけではうまくいかないことが多いらしい。自分に合った方法の組み合わせが必要だということだ。

ちなみに私は、1. のトップダウンではACカウンセリングとセルフヘルプのスキーマ療法をやっている。2. に関してはやっていないが(服薬はできるだけ避けたいところ)、3. はEMDRや自律訓練法に取り組んでいる。EMDRでは、それ単体ではなく、おそらく他の心理療法(リソースを作るとか、パーツを癒すなど)も組み合わせている。
この本にもあったが、EMDRそれ単体では、幼少期からの慢性的なトラウマには効果が出にくいらしい。

カウンセリングで話すだけ話してスッキリ!というのは、幼少期のトラウマに関してはあまり無いのだろう。
「トラウマを、それと結びついた感情のいっさいとともに思い出しても、必ずしもトラウマは解消しないのだ。」

感情の由来を理解できることは安心につながるのだろうと思う。でも「理性脳は、情動や感覚や思考をなくすことはできない。」
「なぜそう感じるのかを理解しても、どのように感じるのかは変わらない。」
頭では分かってるんだよ案件ってこういうことだよなあと思う。

この本に書いてあった回復の方法はたくさんあった。
・自分へ手紙を書く(馬鹿にできない。とても良い)
・マインドフルネス(出ました、基本のき)
・支援ネットワークを持つ
・セラピーに通う
・フェルデンクライス(めちゃくちゃ良さそうなので試してみる予定)
・治療的マッサージ
・鍼治療
・センサリーモーターサイコセラピー
・ソマティック・エクスペリエンシング
・EMDR
・認知行動療法(効果があまり無いという文脈ではあったが)
・長時間暴露方法(こちらも効果無しの文脈)
・薬物(良し悪し)
・内的家族システム療法(パーツワーク。私がEMDR治療で取り組んでいることもこれに当たると思う。これは大事だし鍵になると思っているので、しっかり本を読んで理解したい)
・ヨガ(すんごくいいらしいです)
・ニューロフィードバック
・ストラクチャー(日本だとホログラフィートークが近いと解説にあった)
・演劇
・アート、音楽、ダンス

ちなみに「書く」という行為一つでも、「トラウマやストレスとなる出来事を詳細に書く」のと「その出来事に関する事実と、それに対して抱いている感情や情動と、その出来事が自分の人生に与えてきたと思う影響について詳しく書く」というのとでは全く違うという実験結果が出たらしい。自分の情動まで感じて書くことをすると、自分の体に与える影響が全く違ってくるとのことだった。さもありなん。


トラウマは様々な疾患や症状の諸悪の根源か

臨床心理学を学んだ時に知ったが、アメリカ精神医学会作成の「DSM(診断・統計マニュアル)」というのがある。現在はDSM-Ⅴが最新版だったと思う。精神疾患・精神障害の分類マニュアルで、アメリカ国内向けではあるが、事実上国際的な診断マニュアルとして使われている。

DSM-Ⅲが出た際に、初めてPTSDの概念が登場したことがこの本にも書いてあり、これをきっかけにヴァン・デア・コーク博士は研究を開始する。
ただ、この後もトラウマ障害や治療はアメリカ精神医学の主流から無視され続け、薬の処方だけがどんどん増えていっているとある。

そして、発達性トラウマ障害についても同じく無視されているらしい。
トラウマを持つ子どもは、発達障害のような障害を起こすことが多い。私もASD傾向があるが、実際のところ生得的なものかトラウマ由来なのかはわからない。発達性トラウマ障害の場合は、トラウマ治療をすることで症状が軽減したり回復する。

この本の中でも言及されているが、結局は製薬業界との絡みなのかなあと思う。トラウマ治療で対応できることが増えると、今よりもずっと薬の量が減ってしまう。それはやっぱり困りますよね…?と勘ぐってしまう。

もしも今の私がいわゆる普通の心療内科にかかったとしたら「ごく軽いパニック障害の予期不安と強迫性障害」ということで、何がしかの薬を処方されて「様子見でまた来てください」となるのが関の山だろう(実際、以前はそうやって頓服だけもらったのだった)。「よかったらカウンセリングを受けてくださいね」ぐらいは言われるかも知れない。

間違っても、EMDRはどうですかなんて言われない。精神医学と臨床心理学で、入り口が異なるとアプローチも変わってくるということか。偶然知っただけだったけど、薬だけ漫然と飲むハメにならずに本当によかったと思う。

ちなみに、トラウマの影響は頭痛や腰痛、肩こりに自己免疫疾患などかなり幅広く、いわゆる精神疾患や心の症状だけではない。

この本を読んで以来、いろんなところで「それはトラウマなのでは」と気になってしまう。まあ余計なお世話というものだ。私は他人をどうこうしようとは思わない。

ただ、トラウマ治療だってそりゃあしんどい。事例ではどうにもこうにもならない状態で、治療するしかないですよねという人だったりするけど、別にただ「生きづらい」だけだったりすると、回復をしたいなんて思いもしないだろうと思う。私だって、自分の中に少しある体の不安定な感覚が無かったら、引き返していたかもしれない。ここはもう自分で決めて進むしかないのだ。ただ、進んで光が見えると本当に安心しますよとは言っておきたい。

大人は、子どもの心を本当にたやすく傷つけることができるし、親自身がそれどころではない場合、取り返しがつかないところにまで行ってしまうことなんてざらにあるのだと恐ろしくなった本だった。
ただ、人間の回復力を信じられる本でもあった。


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