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芸大通信を休学しようと思う話

初めてみて1年のリアルな感想


「余白」なくかきこんだ1年

大学は新たな出会いや考え方、視点などとても勉強になり充実していた。
ただ、ひたすら追われる1年だった。

例えば芸術史ひとつとっても時代背景の知識のインプットが追いつかない。

通信大学には同じ在校生のコミュニティが設けられており交流ができるのだが、彼らの日記を見るとみんなたくさんの科目のレポートをこなしている。そんなのを見て、最初の方が落ち込みがちだった。

そもそも課題ひとつひとつが私にとっては難題で、全く計画通りには進まないし終わらない。ひとつひとつにしっかり向き合っていきたいのに時間がない。だからレポートの質も薄っぺらいと感じるし、いかに芸術的視点をもともと持っていないかを痛感させられる日々だった。

レポートの記述ルールも慣れないからか、年4回の提出時期になるたびにルールを見直すところから始めなければならない。国語が不得意というのも相まって、レポート提出期間の自己肯定感は底辺に近かった。

それでもなんとか1年目の最後の方は、(自分にしては)レポートで良い評価をいただけるようにはなった。
が、喜びとは裏腹に、それさえもなんだか「本当に?」という気持ちでいっぱいになった。「レポートは無事提出して単位ももらえそう、でも私の中でどう活きて、どう自分の肥やしになっているのだろうか?」とそんなことばかりが気になって辛かった。

「美大に入ったからには、ちゃんと卒業したい」
という世間への見栄を張るような感情ばかりが浮かび、あれ、私の美大の目的はなんだったっけ…とぼんやりしていく。入学当初の美大に入ることが目的化し、一種の燃え尽き症候群(何もしてないのに笑)に陥った自分からは抜け出せたけれど、また新たに問題が降りかかるような感覚。

私生活にも変化が起こり、時間に追われ、私の活動は制限されるばかりだった。そんなとき、「もっと余白を作るべきだ」と悟った。

仕事や日々の家事など、やらないと生きていけないことは、当たり前だけど優先順位が最上位になる。でも多分、自分の本当の豊かさは、「やらなくても死なないけどやりたいこと」のように思えてきたし、大事にしたいと思った。

一度、この1年で、「余白」を作る挑戦に切り替えよう。
そう思い、休学すると決断した。

芸大を休学し、仕事を減らしたってまだまだ考えることは膨大にある。よくこんなに溜め込んだなと思うくらいに出てくる笑

仕事だって、フリーランスなのだから技術を追い求めないと仕事は無くなるだろうし、生半可に出来ることじゃないからちゃんと向き合いたい。
生活だって、猫たちや家族を大事にしたい。
プライベートだって、やってみたいことがたくさんある。

…その間に未提出のレポートのことを考えたり、歴史を勉強(大好きなコテンラジオで!)していってからでも遅くはないんじゃないかと。

そこが通信大学の気軽さと柔軟さだと思うから。

そもそも最初の時点で人と比べて落ち込むことは通信大学に至っては特にナンセンスだった(と今ならわかるw)。

正直苦渋の決断である。今の大学の勉強は楽しいから、休むことが最適解なのかと…。
でもやっぱりまだ私にはずっと背伸びするようなレベルのものだと自覚したから、後悔はないかなと。自分自身のキャパシティとを冷静に判断できるようになったのではないか。入学した頃よりは、考え方含め大きく成長した1年じゃないだろうか。

…思えば10年くらい前の学生時代も似たようなことを思っていた。成績や点数の割に自分薄っぺらいなあというか・・・でもとりあえず卒業が目的になっていたからそんな自分を無視して卒業したなあって思う。同じ大学ライフは過ごしたくないなと強く思った。

ということで、本格再開はまた1年後の春!
悔いのない休学時間を過ごそうと思います。


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