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読んだ本の舞台を訪ねたい

こんにちは
5年後のセミリタイヤを目指すサラリーマン”ひつじ”です。

本日は「読んだ本の舞台に訪ねたい」と題して書きたいと思います。


読書の楽しみ方

先日、「極夜行」著:角幡唯介を読みました。
極夜という自分の想像を超える環境の中で3ヶ月もの間、自分と犬1匹だけで歩いて氷河地帯や雪原を旅をするという非常に興味深く、また極限状態の人の心理など久しぶりに読書に没頭することができました。

読書の楽しみ方の1つに、文字を読み、その内容から自分の頭の中で情景や場面を思い浮かべることがあると思います。
今回の読書では、想像すらできない環境を文字から想像してみて、なんとか答え合わせができないかとネットの海を探しました。

そうしたら、著者の角幡唯介さんのYouTubeで極夜の動画が見つかりました!時間にして数分の動画でしたが、自分の想像していた通りの部分と想像以上の部分とがあり、非常に面白く感じました。

「極夜行」のなかで、強烈なブリザードにより著者がテントの中で死を覚悟したという記述があり、残念ながらその映像はありませんでしたが(当たり前か)、記述から想像すると、読んでいるだけで身震いしてくるような場面が想像できます。これは体験したいようなしたくないような、複雑な気持ちです。

本の舞台を訪ねた思い出

そんな中で、学生時代も本の中に出てきた舞台を訪れたことをふと思い出しました。
「砂の器」(著:松本清張)を読み、舞台となった島根県 奥出雲の亀嵩(かめだけ)という地をバイクでツーリングしたり
「池袋ウエストゲートパーク」(著:石田衣良)を読んで、池袋西口公園を訪ねたり。

亀嵩は想像通りで、のどかな町でした。亀嵩駅は小説の記述から想像していたより小さかったです。池袋西口公園ももっと大きな場所を想像していましたが、ちょっとこぢんまりした印象。文字だけだと、実際より大きく想像してしまうようです。

本の中の想像でしかなかった場所が、現実に目の前に現れる瞬間は不思議な気持ちになります。実際に著者も現地を取材したりして書いているので実在するのは当たり前なのですが、自分自身が本を読んだ時にはあくまで想像の世界でしかないわけで。
そのギャップが面白く感じます。

2024年は読書をたくさんして、その舞台を訪ねることを増やしたいと思っています。

今日はこのあたりで。

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