Missing 第7話
___むかしむかしある所に、1匹の狐がおりました。
狐の身体は雪のように真っ白で、人を背中に乗せられる程大きかったそう。
狐には不思議な力があり、豊作の神様の遣いとして、昔から人々を助けておりました。
__しかし、ある日のこと。
狐が散歩から戻ると、遣えていた神様は無惨な姿で倒れていたのです。
慌てて駆け寄るも、神様は息も絶え絶えな様子。
__助からない。そう確信した狐は一つだけ問いました。
"一体誰がこんなことを?"
神様は苦しそうに言いました。
"...人間じゃ...邪悪な魂を宿した...な。しかし決して恨んではならん...お前は優しい子じゃ...約束じゃよ?"
最期に優しく微笑み、神様は死んでしまいました。
__大好きだった神様を失った狐は悲しみ、怒り狂いました。
"...人間...絶対に許さない..."
神様の最期の言葉も正気を失った狐には届かず、彼女は人間達を殺して回り始めたのです...
何百年もの間、沢山の人を殺め、被った返り血と沢山の傷で狐は更に狂い、やがて邪悪な力を身に付けていきました。
いつしか身体の傷は赤い紋様へと変わり、尾の数も段々と増え...その数なんと九本。
人々はその恐ろしくも美しい怪物を"九尾の狐"と呼び、恐れ戦いたのです___
しかし、そんな狐と闘おうと言う者が現れます。
齢僅か15歳。不思議な目の色をした少女でした。
彼女は死闘の末に狐を弱らせ、封印することに成功しましたが、力を使い果たし死んでしまいました。
彼女の生み出した封印は何百年の後も狐を抑え込み続け、狐は孤独に打ちひしがれながら、今も憎しみに駆られているのだそうな...
_________
第7話
~孤独な狐~
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ひかる:...天!?無事...だったん...?
背後から抱き留められた私を襲ったのは安堵と、凄まじい倦怠感。
全身の力が抜け、その場に立つ事も出来なくなり、へたり込む。
次に私を襲ったのは、絶望的な恐怖。
ひかる:(...私...さっきまで何を!?)
__私は、楽しんでいた。身の内に潜んでいた狂気を。破壊を。
頭の中の声はもう聞こえない。だけど、あれは確実に"私"の声だった。
息が上手く出来ない。
ひかる:...私...わたし...は...っ!!
ピ:...ひかる、大丈夫だ。君は皆を守る為闘った。それだけだ。
天:...もう、もう大丈夫やから...ね?
私を優しく諭すピーターと天の声。
先程まで私を支配していたどす黒い感情が消え去っていくような気がした。
ひかる:...ありがと...2人とも...もう大丈夫。
膝を着いたままの格好で、私はサキの方へ向き直った。
彼女は血溜まりの中うつ伏せに倒れ、呼吸も上手く出来ていないようだ。
ひかる:...ここから出なきゃ。
ピ:あぁ、しかし1つ問題がある。
天:何?
ピ:今この空間には二重の結界が貼られている。
1つは長い間九尾をここに封印していたもの。もう1つは九尾自身が貼ったもの。恐らく私達を逃がさぬように新たに仕込んでおいたのだろう。
おかげで私達はここから出られない、という訳だ。
ひかる:...そんな...。
サキ:...ふふふふふ...気付いたか...察しの通りじゃ...そしてこの結界は...妾が死んでも消えぬ...残念...じゃったのう...
天:...
いつの間にか傍まで来ていた夏鈴たちと呆然とする中、天がサキの傍らにしゃがみ込んだ。そしておもむろにその手を握る。
ピ:天!?一体何を...
天:...あなた、本当は悪い奴やないんやろ?
サキ:...な、何を言うておる?
その通りだ。彼女は私たちを殺そうとしたばかりか、負けた後もここに閉じ込めようとしている。
天:...私ね、小さい頃おばあちゃんによく昔話聞かされてんけどな?そのお話の中に、"九尾の狐のお話"って言うのがあったんよ。今まで忘れとった。
ひかる:...どんなお話?
私が聞くと、天は一呼吸置いてゆっくりと話し始めた___
ひかる:...孤独...か。
お話が終わって、まず初めに感じたのは"共感"だった。
大切な人を傷付けられ、怒り狂う気持ち__まさにさっき味わった。
あの短い間でも苦しかったと言うのに...彼女はどれほどの苦痛を味わったのだろう...
サキ:ふ...そんな昔話が...本当だと信じるのか?お前達を殺そうとした妾を信じるのか?
天:...うん。だってあなた...ずっと...手加減してたやろ?
サキ:なっ...何を...
サキの表情が強ばる。
天:...私もひかるも狼狽えてて気付かんかったけど、よく考えたらピーターも死んでなかったし、私も生きてた。殺そうと思えば殺せたんやろ?でもあなたはそうしなかった...心の奥で、悪い自分と闘ってたんやないん?
確かに...日本の伝説として長く語り継がれてきた九尾の狐...それこそ漫画やアニメならこの後真の力を発揮して...なんてことがあっても不思議ではない。
ましてや今まで沢山の人を殺めてきた彼女が"殺さない"選択をするとは思えなかった。
サキ:...それがどうした...生殺与奪の権は常に強者にある...ただの気まぐれ...
天:...寂しかったんやね...わかるよ?ずっと独りやったんやもん...私なら耐えられない...。
サキ:...っ!?お主...何を...!?
天の身体が淡いピンク色の光に包まれ、その光が手を伝ってサキの身体に流れる。光が消えると、瀕死だった彼女の傷は跡形もなく消えていた。
サキ:...莫迦な...お主も..."彼奴"と同じ力を...
ピ:...どうやらこれが天の力のようだな...
ひかる:どういうこと?
ピ:"サクラ"は、使う者が望んだ力を与えてくれる。当然与えられる力はその者の望みに大きく影響される。先程のひかるは"奴を倒すため闘う力"を望んだだろう?天は"皆を助けるため癒す力"を望んだんだ。私や天の傷が回復したのも恐らくその力によるものだ...君が正気に戻ったのもな。回復と言うより"浄化"に近い力なのだろう。そして九尾も...
天:何か...よく分からんけど、出来る気がしたんよね...不思議。
サキ:............あぁ...そうか...本当に..."戻ってきてくれた"のじゃな...
傷が回復し、起き上がったサキは先程とはまるで別人のような顔をしていた。
憑き物が落ちるとはこういう事を言うのだろうか。辺りから重苦しい空気が消え、柔らかい風が吹き始める。
天:...戻ってきた...って?
サキ:...天...と言ったな...お主の語った昔話は、少し違っておる。妾を倒した少女は力を使い果たして死んだのではなく、この結界の中で寿命を全うして死んだのじゃ...
天:...え?じゃあなたとここで一緒に暮らしたってこと?
サキ:...如何にも。彼奴は優しい子じゃった...。憎しみに狂った妾を癒し、一緒に暮らそうと言ってくれた。本当に不思議な子でな...
語り始めたサキはまるで...孫のことを話すおばあちゃんのように優しい表情をしていた。
サキ:...しかし人間の寿命はとても短い。妾からすればな...彼奴もあっという間に老人になり、ついに今際の際...妾にこう言った..."生まれ変わって必ず会いに来るから"と...それがお主達だったのだ...妾はまた彼奴に救われた...
彼女の目には涙が溢れている。私も思わず泣きそうになる...が、それよりも疑問が沢山ある。
ひかる:...じゃあ私たちに不思議な力があるのはその女の子の生まれ変わりだからってこと?
ピ:...話を聞く限りそうだろうな。古代のこの世界にも"サクラ"の力を使う人間がいたということか...?不可解だ...
サキ:...今更言うても遅いのは分かっておるが...お主達には本当に酷いことをしてしまった...詫びにもならんじゃろうが、ここから出ていくが良い...妾はまたこの中で、大人しく過ごしている故...どうか許して欲しい...この通りじゃ...
サキは跪き、深々と頭を下げる。
麗奈ちゃんが私の方を見た。
麗奈:あのね...こんなこと言ったらひかるちゃん怒るかもだけど。
ひかる:...何となくわかるよ?
麗奈:...一緒に...出してあげられない...かな?
夏鈴:...私も思った。またここに独りにするのは可哀想や...
サキ:なっ!?...お主達...何を言うておるのか分かっておるのか?
ピ:...その通りだ。彼女は君達を殺そうとしていたんだぞ?
麗奈:...でもなんか反省してるみたいだよ?
夏鈴:そうやな。それに...
一瞬の間。
夏鈴:...あんたのお陰で、麗奈に告白する勇気出たんや。やり方は良くなかったかもしれんけど、私は感謝してる。
サキ:…
麗奈:そうだよ!狐ちゃんは恋のキューピットってこと!
急に能天気な事言いよるな...まぁ麗奈ちゃんらしいか。
私は1歩前に出る。
ひかる:...確かにあなたのしたことは許せん。でも、人間は、"反省してやり直せる"生き物なんよ。だからあなたにもチャンスをあげたい。ピーター、だめかな?
ピ:フッ...君達がそう言うのなら...仕方ない。
反対していた割にあっさりピーターは私たちの意見を受けいれた。まるでこうなることが分かっていたかのように微笑んで。
サキ:...ふっ...ふふふふふふ...はっはっはっはっ!!
サキが急に笑い出す。
天:えっ?何?
サキ:...ひかる...じゃったか?お主の言葉が...彼奴が言った言葉と全く同じだったのでな...本当に...本当に不思議な童共よ...お主達の様な人間がまだこの世に居るのなら...妾は人間を助けて生きると誓おう...感服した。礼を言う。
サキはそう言って私の手を取る。小さな光が目の前に降り注ぎ、小さな塊になって私の手に落ちてきた。
それは、首飾りのようだった。長い紐の先に付いているのは、大きな動物の牙...?
ひかる:...これは...?
サキ:...妾の服従の証じゃ。それを持っている限り、妾はお主には逆らえぬ。かつて妾が遣えた豊穣の神が持っていたものじゃ...
天:...すごいもの貰ったね...ひかる?
ひかる:えっと...とりあえず友達の証ってことでいい?服従とかって言われるとちょっと重たいけん...
サキ:くはははははっ!!本当に彼奴と同じ事ばかり言いよるわ...それで良い...お主の好きにせい...それと...
サキが何か念じると、私以外の3人の前にも同じ首飾りが現れた。
天:...私たちにもくれるん?
サキ:...これが"友達の証"なのであれば当然のことじゃろう?妾はお主達が気に入った。困った事があればいつでも力になろう。その牙に誓って。
夏鈴:...なんか...ホンマに夢...やないよねこれ?
麗奈:...たぶん。
ピ:...では皆でここを出るぞ。
ひかる:...出来るの?もう1つ結界があるって...
ピ:...ここに貼られている結界などもうとっくに無くなっているさ。私達がいつでも出られるように...違うか?九尾よ。
サキ:ふん...本当に食えぬ兎よ...
天:...じゃあもうあなたもここに閉じ込められることはないのね?
サキ:...その通りじゃ。妾はここで静かにしておる。お主達が念じれば、いつでも妾に繋がる...さあ...行くがよい。
ひかる:...ありがとう、サキ。
サキ...礼を言うのは妾の方じゃ。本当にありがとう...
清々しい笑顔で見送る彼女を背に、私達は神社の鳥居を潜った。何かに吸い込まれるような感覚に、意識が遠のく...
__________________
気が付くと、私たちはあのお店に戻ってきていた。
スマホの日付も昨日に戻っている。
天:...無事に戻れたみたいやね。
夏鈴:これって...もしかしてタイムなんとかってやつ?
麗奈:タイムスリップ、ね。
ひかる:...良かった、みんな無事で。
改めてみんなの顔を見て安心した。
夏鈴:...でも、本当に夢みたいやった...。正直まだ信じられへん。
麗奈:でもさ...これ。
私たちの手の中には、彼女との"友達の証"が確かに残っている。軽く握ってみると、暖かく、とても安心出来る。
天:まさか夏鈴のお守りがこんな凄いのに変わっちゃうなんて...
ピ:...その通りだ。
ピーターが私の鞄から顔を出す。
麗奈:あ!兎ちゃん!さっきはありがとう!
夏鈴:...ありがとう、なんか私のせいで迷惑かけてごめんな?
ピ:まさか。私は何もしていない。礼なら君の友人に言うんだな。
夏鈴:...もちろんひかると天には感謝しとるで?でも、兎さんにも同じくらい感謝しとる。ありがとう。
ピ:...ん、そうか。
天:...ピーター?もしかして照れてるやろぉ?
麗奈:えー!?クールな感じなのに可愛い♡
ピ:全く...揶揄うのはよしてくれ...それよりもひかる。
ひかる:...何?
ピ:これから先、恐らく我々の前には数々の脅威が立ちはだかるだろう。今回の事で確信した。この時代に"サクラ"の力を手に入れようと暗躍している者がいる。だが、"あの力"には極力頼らないでほしい。
ひかる:うん...わかっとる。
そう、あの後からずっと考えていた。
あの力...あの声は一体なんだったのか?
絶えず湧き上がる怒りと憎悪、手に残る嫌な感触と、返り血...思い出すだけでも身体が震える。
ピ:...私の不甲斐なさも原因の一つだ。だが君に無理はさせたくない。
ひかる:うん...ありがと。
天:頼もしい味方も増えたしね!
天が嬉しそうに首飾りを撫でる。
麗奈:でも...これからもこんな怖いことが沢山あるのかなぁ?ちょっと不安...
夏鈴:確かに...
天:大丈夫だよ!みんなで力を合わせれば、きっと何とかなる!ピーターを元の世界に返してあげなきゃね!
ひかる:相変わらず天は楽天家やね、ふふっ...
それが私の何よりの支えなんだ。いつでも。
ひかる:そういえばピーター...おでこの痣が...ひとつ増えてる?
天:ホントだ!
ピーターの額に今まで2つだった桜の花びらのような痣が、1つ増えている。
ピ:あぁ、そのようだ。また少し力が戻ってきている。
夏鈴:そっか...元の世界に戻る手掛かりを探してるんやったね。
麗奈:私たちにも出来ることあったら協力するよ!ね?夏鈴?
夏鈴:もちろんや。うさぎさ...いや、ピーターはウチらの命の恩人やから。
ピ:あぁ、改めてよろしく。夏鈴、麗奈。君達にも不思議な力を感じるよ。ひかるや天と同じように...な。
麗奈:えー!?じゃあ私たちもひかるちゃんみたいにカッコよく闘えちゃうのかなぁ?
夏鈴:...麗奈はそういうんやないと思うわ...私にもわかる。
ひかる:あははっ!たしかに!
私たちは同じテーブルを囲み、笑い合った。
この先何があるかは分からない。
でも、不思議と恐怖はなかった。
私は...私たちは、独りじゃないから___
____________be continued.
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