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アルベルト・サラザールのトレーニング理論

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 今回はアルベルト・サラザールのトレーニング理論について書いてみたいと思います。その前に、アルベルト・サラザールについて知らない方も多いと思うので、簡単にアルベルト・サラザールについて書いてみたいと思います。


 アルベルト・サラザールをご存知の方でもあまり知られていないのは彼はキューバ生まれで父親はフィデロ・カストロに近しい存在だったということです。そのため、キューバ革命の後、CIAの協力を得て、アメリカに亡命しました。父親が先にアメリカに亡命したのですが、父親が家を出た数分後に政府の人間が彼を逮捕しに来たというなかなか壮絶な人生です。


 そんなサラザールですが、本人の言葉を借りるとアメリカに移住してしばらくして「陸上競技が私にとっての神様になった」そうです。その言葉通り、5000mで13分11秒のアメリカ記録を作ると、10000mでも27分25秒、マラソンではニューヨークシティマラソンに三回優勝、ボストンマラソンでも優勝、そしてマラソンでは2時間8分13秒の世界最高記録を樹立しました。オールドファンの方には宗さんご兄弟や瀬古さんの引き立て役として記憶されている方も多いかもしれませんが、それは日本人が見るからそう見えるのであって、アメリカ人から見れば間違いなく当時世界最高のマラソンランナーの一人です。


 最近の陸上ファンの方からはモー・ファラーやゲーレン・ラップなどを指導していたオレゴンプロジェクトの指導者としてご存知の方も多いと思います。陸上競技を神様としてあがめた言葉通り、引退後も精力的に指導者としての歩を進め、アラン・ウェッブ、カラ・ガウチャー、デイサン・リッツェンハインなどの名選手を育て上げました。今回はそんなアルベルト・サラザールのトレーニングシステムについて書いてみたいと思います。


 まず、これは全てにおいて言えることなのですが、その選手が生きた時代背景を考慮する必要があります。アルベルト・サラザールが活躍したのは1980年代です。1950年代にエミール・ザトペック選手によって世界中でインターバルトレーニングが席巻すると、1960年代に入ると、アーサー・リディア―ドがインターバルトレーニング(レペティショントレーニング)とマラソン選手並みの走り込み、タイムトライアルなどをバランスよく組み合わせ、トレーニングも明確に期分けをするトレーニングで世界中にセンセーションを巻き起こしました。


 アーサー・リディア―ドのトレーニングシステムの中にはタイムトライアルも入っているのですが、まだインターネットもなければ、東西での情報交換は遮断され、日本はもちろんのこと、東側諸国で英語が話せる人はそれほど多くなかった時代です。ある選手や指導者のトレーニングシステムが正しく伝わらず、この1970年代や1980年代は走り込みなら走り込み、インターバルならインターバルと一つのトレーニングに偏った選手が多かったようです。


 アルベルト・サラザール本人の言葉を借りると「1970年代、1980年代にはレースペースよりも遅いペースの有酸素ランニングによる有気的代謝の発達とレースペースよりもはるかに速いペースでのインターバルによる無気的代謝システムの発達のみが重要だと考えられていた。それに対して、今日では体を一つの全体的なシステムとしてとらえ、体全体の様々な機能を改善することで競技力の向上を図ることが重要である。そのためには走る以外のトレーニングも非常に重要になる。例えば、長距離ランナーにバスケットボールをやらせると、切り返し、急ストップ、急激な加速、ジャンプなどにいかに対応できないかが分かるだろう。本来なら、バスケットボールで鍛えられる身体能力が高まれば、陸上競技における競技能力も上がるはずだ。今日の我々は非常に多くのトレーニングに取り組むので、それが市民ランナーにそのまま応用できるとは思えない。しかしながら、取捨選択することで参考になる点はあるだろう」とのことです。


 ちなみにですが、オレゴンプロジェクトが日本に知れ渡ったとき、とにかく走りこむ日本VS高負荷短時間トレーニングのオレゴンプロジェクトという取り上げ方、捉え方が多かったのですが、かなりバイアス(ゆがみ)がかかった報道であり、情報収集であると言えるでしょう。さて、そんな全体主義者のアルベルト・サラザールですが、体を大きく9つのシステムに分類します。それでは一つずつ見ていきましょう。


1. 骨格筋系

 骨格筋システムというのは、筋肉、靱帯、腱などの体の組織全体がどれだけ強いかということや中枢神経と筋肉とのコミュニケーション(神経回路)を表す。これを養うことで、故障の予防になったり、より負荷の大きいトレーニングに耐えられるようになったり、ある特定のペースにおける酸素消費ペースが少なくなる。


 骨格筋システムに適応をもたらすトレーニングにはウェイトトレーニング、柔軟体操、コアストレングスエクササイズ、プライオメトリックス、動きづくり、サーキットトレーニングなどが含まれる。この前の日本選手権5000mを見ていると先頭集団のケニア人選手二人とその後ろの選手に比べて、後続の選手はぺたぺた走ってるなと思ったが、冷静に考えてみたら、第二集団も一キロ2分45秒くらいでは行っている。あなたも200m33秒で良いので走ってみるとわかるが、普通の人間は400m66秒で普通に走ってるような見た目で走れるものではない。普通の人が200m33秒で走ったら、ダッシュしているようにしか見えないであろう。その時、やっぱりより少ない力で大きな力を生み出す、基礎的な筋力であったり、神経回路を構築する必要があるんだなと筆者は感じたのであるが、これこそが骨格筋システムである。


2. 呼吸循環器系

 呼吸循環器系には肺、心臓、血管が含まれ、生理学的な指標でいえば、最大心拍数、最大酸素摂取量、最大化酸素摂取量、最大乳酸値、最大下乳酸値が含まれる。最大酸素摂取量は数年にわたるトレーニング刺激に対する適応が必要で、短期間で変わらないと考えられています。一方で、最大下酸素摂取量はインターバルトレーニングで短期間に向上し、そのシーズンの競技能力にすぐに好影響を与える。乳酸値もある特定のトレーニング方法によって、短期間に向上することが可能で、ある特定のペースにおける乳酸産生量が減少する。


3. 無酸素系

 無気的代謝においては主にグリコーゲンが使われる。体に貯蔵されているグリコーゲンの量には限りがあるので、故障しない限り無気的代謝が動員されるようなトレーニングを行うべきで、継続的に無気的代謝が動員されるような運動を続けることで、グリコーゲンをエネルギーとして使わなくなっていく(節約できる)。


4. 有酸素系

 有気的代謝においては、脂肪酸と酸素が主に使われ、どちらも供給量は大きい。考え方としてはゆっくり長く走れば、有酸素系が改善され長く速く走り続けることが出来るようになるというものであったが、我々はより長くより遅く走っても有酸素系を向上させるには不十分だったということを知らなかった。


5. 乳酸系

 乳酸は無気的代謝の副産物であり、トレーニングやレースにおけるペースダウンを引き起こし、不快感、きつさ、痛みの原因ともなる。一方で、乳酸はクレブス回路においてエネルギーとして再利用されるのも事実である。従って、乳酸を敵とみなすのではなく、味方としてみなし、乳酸を上手くエネルギーとして使えるようにトレーニングする必要がある。そうでなければ、乳酸が急激に上昇し、ペースダウンを余儀なくされるだろう。


6. 心理系

 身体のシステム(系)の中で最も無視されてきたのが、心理、感情、心である。70年代、80年代には心理的な能力は生まれつきのもので鍛えることは出来ないと言われていたが、今日では、心理トレーニングによって例外なく鍛えられることが分かっている。生まれつきタフなランナーであったとしても心理トレーニングによって、よりリラックスして、集中して競技会に臨むことが出来るようになる。


7. 栄養

 過去二十年で最も大きなアドバンテージは食習慣、栄養に関する知識が発達したことです。かつては、長距離ランナーは好きなものを好きなだけ食べれば良いと考えられていた。何故なら、それだけ多くのトレーニングをしているからです。ですが、今日では栄養によって、リカバリーを早くし、よりトレーニング刺激に対し適応し、よりハードなトレーニングが出来ることが分かっている。たんぱく質に関して言えば、昔は持久系スポーツをやる人は一般人と同じ摂取量で良いと言われていたが、今では体重1ポンド当たり0.75グラムの摂取が推奨されている。

 またレース中の水分摂取に関しても、昔はレースディレクター或いは、今では信じられないことに沿道で応援している人が差し出したものを飲んでいた。今では6%のグルコース飲料にややたんぱく質を入れたものを飲めば、マラソンで2分は速くなることが知られている。


8. ホルモン系

8番目の要素はホルモン系です。ランニングに大きく影響するホルモン系がストレスホルモンである。ストレスホルモンは頑張るときに分泌されるホルモンで、副腎から分泌される。ストレスホルモンは高いパフォーマンスに絶対に必要であるが、分泌できる量に限りがある。ストレスホルモンを過度に分泌される期間が続くと、副腎が疲労し、それ以上はストレスホルモンが分泌されなくなり、いわゆるバーンアウトと呼ばれる現象になり、それ以上普通のトレーニングやパフォーマンスを発揮することは出来ない。従って、少なくとも年に二回(合計1か月)は完全休養か軽めのトレーニングを組み、ホルモンシステムを元に戻す必要がある。


9. 血液生化学

 フェリチン、血清鉄、赤血球、ヘモグロビンなどの値を定期的にモニターしておく必要がある。年に2,3回は血液検査をしておいた方がよく、そうすれば、不調に陥った時に以前の数値と比較ができるので、不良の原因を特定しやすくなる。


 真剣にトレーニングしている全ての人は、体には複数のシステムを持っていることを理解する必要があり、トレーニングではここに記した9つのシステムを満遍なく鍛えることが重要である。ランニングに関して、そこまで多くの時間、労力、興味を持てない人は、体に複数のシステムがある中でどこを重点的に鍛えるか理解しておく必要がある。体のシステムを満遍なく鍛えることがどれだけの好結果を生むかを理解してもらえれば幸いだ。


ハードなトレーニングするだけでは不十分だ。賢くトレーニングする必要がある

 ここまで、アルベルト・サラザールが唱える9つのシステムについてみてきたのですが、いかがでしたでしょうか?ウェルビーイングオンラインスクール、もしくは有料会員プランに登録してくださっている方は、この9つのシステムの重要性をすでにご理解いただけていると思うのですが、アルベルト・サラザールもこういっているということを知れば、もう少し真剣に取り組んでみようかなと思われた方も多いでしょう。


 最後にアルベルト・サラザールのトレーニングのほんの一例を紹介しましょう。アルベルト・サラザールが心理を重視していることは先述の通りですが、体を1つのシステムとしてとらえる限り、厳密にこれは身体的なトレーニング、これは心理的なトレーニングと分けることは出来ません。レースが近づいてくると、最高の結果を出すために心理的にも肉体的にも良い準備をするためのトレーニングをやっているのですが、その一部は例えば、以下のようなものです。


1200mを3本という練習なのですが、1本目は60,65,70という順番にペースを落とします。何故かというと、レースでも初めの400mは良い位置を確保するためにある程度ペースが速くなり、2周目もある程度そのペースが続くからです。そして、そのあと4マイルをおおよそ5キロ16分ペースまで落とします。そして、再び1200mをイーブンペースで3分15秒、再び4マイルのランニングを挟み、最後の1200mは70,65,60とペースを上げていきます。当然、これはラストスパートの為のトレーニングです。


 このようなトレーニングは年に2,3回しかやらず、このトレーニングにおける生理学的な適応はほんのわずかなものだけど、心理的にはレースに向けて準備が出来たように感じるとのことです。これをそのままマラソンに応用して、1マイルを4分32秒、そして次の4マイルを20分ちょうど、これを3セット繰り返して最後の4マイルはカットする11マイルのトレーニングをしたそうです。1981年のニューヨークマラソンでは先頭を行くメキシコのホセ・ゴメスがハーフを1マイル4分51秒ペースで通過しましたが、その後大幅にペースダウンし、サラザールのリズムを乱しました。そこで、サラザールは1マイルのサージをしかけて、ゴメスを振り切ったのですが、この1マイルは自然と4分32秒になり、そのあと元のペースに戻して最後まで逃げ切ったそうです。


 「日の丸を背負った京大生、消えた天才平井健太郎のトレーニング戦略」をご覧になられた方は、あの講義の中で平井が「ペースを変化させる意味は全くない」と言っていたのを記憶していた方も多いと思います。ゲーム理論の話も出てきましたね。ゲーム理論の話には物凄く納得させられたのですが、しかしながら、実際のレースにおいてはスタートしてある程度良い位置取りをしたいのであれば、初めの400mを速めのペースで入ることは必須になりますし、またレースで勝ちたいのは最後の400mでスパートをかけることが必須になります。そして、肉体的には1600m6本で終わるのも、1600m6本+400mのトレーニング藻ほとんど変わらないのかもしれません。でも、心理的には脚が重く苦しい中で400mを速く走れたというのが自信になるでしょう。ここでいう自信と言うのは、臨場感とかリアリティに近いと思います。実際に一度経験しておくことで、明確にイメージできるようになります。そして、人はイメージできるものは達成できます。


 最後にオレゴンプロジェクトやアルベルト・サラザールに興味のある方のために「

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