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うわさは悲しかったことしか覚えてない 3/5点

しょうもないデマツイートがめちゃめちゃにシェアされて色々大変だった。振り返ればそれなりに長くTwitterをやっているし、いつもは自分の好きな人達と下らないことを言ったりやったりしている。どこの誰かも分からない人とプロレスするつもりも、ましてや謝罪するつもりもない。おれに興味がない人間が読んで得をすることなど一つもないので、他に有意義に時間を使ってもらいたい。いくら構ってもらっても、いいねで腹は膨れないし、自分の与り知らないフォロワーはノイズでしかない。それどころか、邪推や不粋なメッセージがひっきり無しだ。堪ったものではない。インターネット上でフェイムを獲得することを"バズる" という。バズから身を守る自衛の手段が必要だ。

発端は書店であるエッセイを見つけたことだ。石黒由紀子さんという方の「猫は、うれしかったことしか覚えていない(幻冬舎)」という本である。(後々ご本人からDMを頂いた、購入もしていないのに騒ぎにしてしまい申し訳ない) タイトルが目を引いたので、冒頭にある該当箇所だけ少し流し読みした。

要約すると、筆者の愛猫が体調を崩してしまい動物病院に連れて行った結果、梅干しの種を誤飲してしまったそうで、無事取り出してもらった。転がして遊んでいるうちに誤って飲み込んでしまったのだろうということだ。その際、獣医師の方に「一度誤飲してしまった猫はまた誤飲を繰り返すことがあるので注意してください」と言われたそうだ。というのも、猫は転がして遊んで楽しかった、ということはいつまでも覚えているのに、誤飲して苦しかったという記憶はすっかり忘れてしまうので、同じことを繰り返してしまうそうだ。

真偽はともかく"楽しいことだけを覚えている"という在り方に感銘を受けたので、表題をほぼそのままでツイートした。だってそんな良いことないじゃん。

皆さんもご存知の通り、普段からそんな愚にもつかないことばかり言って仲の良いみんなとヘラヘラ馴れ合う為にTwitterをやっている。最近仲良くなった方は知らないかもしれないが、もともと、うわさのアカウントは、偏見やあり得ないこと、果ては本当のことに"〜らしい、〜らしいです"と付けてフザける、ということをやっていたのでうわさと名乗っている。そこに何の信念も良識も無い。初めこそ素朴にウケたい、それなりにフォロワーがほしい、と思っていたがTwitterも少しずつ様変わりしてきた。数年前までは、おれと仲良くしてくれている人とその周辺も"変な人"がニヤニヤと馴れ合っているだけだったように思える。しかしドンドン人が流れ込んできて今やフォロワー数千人級の人ばかりで、キモいな〜と思いながらTwitterをしている。フォロワーの数はあくまで"フォロワーの数"でしかない。その他の如何なるステータスとも相関しない。強いて言うならフォロワーの数だけ割引してくれる居酒屋で少し得するだけだ。

ともかく今はコミュニケーションとしてTwitterを楽しんでいる。フォロワーも増える時は増えるもので仕方がない。フォロワーが少ない方はもっと欲しいと思っているかもしれないが、フォロワー500〜999がスイートスポットだと感じる。フォロワー4桁はなんとなく、他人に提示するには多すぎてキモい。そんなこんなで様変わりしていく自分を取り巻く環境に違和感を覚えながらも内輪で馴れ合っていた。そこにきて、原点回帰的トラディショナルうわさツイートがバズってしまった。数万いいね級のバズは何度か経験したし、周りの面白い人もよくバズっているので、何の感慨もない。ましてや、今回バズった内容は本のタイトルを言っただけで、何の意思も意図もない。

実際かなりいいな〜と思っていたので、多少伸びることも想定していたが、おかしな層にリーチしてしまった。翌朝には数万、その日のうちに数十万単位の通知にiPhoneのバイブ機能をレイプされてしまった。加えてひっきりなしの否定や誹謗中傷のオマケ付きだ。おれはバズった時に特別な行動はとらない。とるに足らないことだと思いたいからだ。しょうもないことに思われるのは百も承知だが主義みたいなものだ。心配して通知を切ることや、ブロックを勧めてくれた人も居たが、こうなったら意地である。ご存知の通りおれも意固地で変な人なのだ。今までバズっても特に言及しなかったし今回もそのつもりだったが、さすがに少し言及してしまった。更に今こうして、noteで愚痴を垂れている。それもこれもTwitterがキモいせいだ。

概ね好意的に反応されており、炎上とは少し違うと思うが、否定と誹謗中傷がたくさん届いた。おれのことを何も知らない人が口々に否定しろ謝罪しろとメッセージを送ってきた。いい加減面倒なので、(嫌味で)「繊細なので、やめてください」と付け加えておいたら、インターネットに向いていないとバカにされた。「猫を飼っているので分かるのですが」と言いながら、同じようなことをリプライや引用リツイート(今はクソリプと言ってバカにされるようになった分、引用リツイートが特にひどい)で指摘してくれた人が千人単位でいたが、そんなことは飼っていなくても容易に分かることだ。そういうことは分かっても、真偽などどうでもよいということは分からないのが残念である。

ただ、こちらは曲がりなりにも出自まで明記した上、元は獣医師の方が言った内容なのだ。反論するなら、主観ではなく、それなりのソースを持ってきた方がよいと思う。興味はないが。それと散見されたのが件のツイートを見て、デマを"拡散"して苦しい思いや痛い思いをさせても平気だと思う人が出たらあなたのせいです、死ね。と言った内容の指摘だ。確かにそんな人が出たらとんでもないことだが、あのツイートからそんな答えを導き出すぶっ飛んだ人間は既に酷いことをしているので、その戦い、死んでもやめんじゃねーぞ。

公式リツイートしたあとに物知り顔で講釈を垂れている"インフルエンサー"もいて笑ってしまった。人が集まるトピックに何でも首を突っ込む人間のことを関西弁で「いっちょかみ」という。こうした人達にとって、バズることは一つのサクセスだと認識されているのだと思う。その前提条件の基、おれは承認欲求を満たすために、真偽も分からずデマを撒き散らすバカというレッテルを貼られ、人権を紛失してしまった。こうして文句ばかり言っていると「辞めればいいのに」と言われるのが容易に想像がつくが、そういう人達はすぐに消えるし、普段仲良くしている人達と馴れ合うことに満足している。それにこういう人間模様を眺めることもインターネットの楽しみ方の一つだ。だが自分がその渦中にいるのはごめんだ。

いくらプロファイリングをしても仕方がないのだが、いいね稼ぎや、バズに対する妬みを抜きにすれば、怒っている人達はいい人なんだと思う。だが、インターネットには嘘や誤りなどいくらでも存在する。何故おれだったのか、といえば、ただ目についたからというだけなのだろう。そんな不毛でキリがないことをするよりも、リテラシーを上げたり、ファクトチェックの癖をつけた方がよっぽど身になると思う。確かな情報だけが得たいなら、テレビや新聞など、昔ながらのメディアに触れたほうがよい。おれのようないい加減な人間にアドバイスされる自分の身の振り方を見直してほしい。

おれは猫はかわいいので好きだが、愛猫家は苦手だ。自分とは話の通じない人の比率が高い気がするからだ。他にもそうした人の比率が高い特異点的なトピックがいくつも存在する。普段インターネット上では、それぞれ共通の価値観を持つ者同士がファジーにとは言え、決して交わることなくそれぞれの村を作っている。普段からおれは自分の話を信じるな、と言っている。もともとが、先ほど言ったような悪趣味なユーモアとして始まっているアカウントで、今までもこれからも、どうでもいいことや下らないことしか言わないからだ。しかし、それは同じコンテキストを共有しているユーザー間でのみ伝わるものであって、ひとたびシェアされればそのトピックのみが取り上げられる危険なユーモアなのだ。

兎も角、今後そういうトピックは避けようと思う。分かってはいたが、平気だと舐めていたのかもしれない。バズりたい人はそういうトピックを狙い撃ちしたらいいと思う。突っ込む隙を与えておくのも忘れないように。人に受け入れられることは嬉しいことだが、今後関わることもないだろう人間にいいねを貰って喜ぶほど単純ではない。つい最近、タイムラインで見かけたのだが、徐々にバズを避けるというテクニックが生まれつつあるようだ。手始めにあれこれ検索してみたが、どう工夫してもバズる為のテクニックをまとめた情報ばかり出てきてしまった。バズる為のハウツーだとか、バズった結果がどうとか、一度のバズ体験を味がしなくなるまでしがんでいる人が溢れていて、逞しいなと思った。インターネット上は今日もバズりたい人達がギラついている。おれはバズという言葉も嫌いだ。今後あまり連呼したくない。

いつもおれのnoteを読んでくれている人の為に文章を書こうと思っていたのに、ただの愚痴になってしまった。もっと具体的にバズを避ける方法を書きたかったのだが、何も思いつかなかった。アカウントに鍵をかけるだとか、ツイートを削除するだとか、そういう方法以外で上手くバズを避ける手法を思いついたらどこかで発表しようと思う。それと、おれはTwitterの使い方を変えるつもりもない。もうだめだ、と思ったらアカウントを削除すればいいだけだ。嬉しかったことしか覚えていないって最高じゃん、と思って発信したツイートは悲しい記憶しか生まなかった。なんて皮肉なことなんだろう。

うわさは悲しいことしか覚えてない。


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