母がこの世からいなくなった日

寒い冬の日だ。

その日はとても嬉しかった。

入院中の母が帰ってくるのだ。小さい医院から大病院へ転院してどのくらい経ったのだろう。やっと帰ってくる。

母は7人兄弟の末っ子である。

私はいとこの中で最年少。親子ほど歳の離れたいとこもいるのだ。だからとても可愛がられた。叔父にも叔母にも。だからみんなのことが好きだ。

病院には親戚が集まっていた。嬉しかった。

しかし小学校低学年の私にはそのことが何を意味するのか分からなかった。

母が帰ってくる嬉しさで、いとこ達に出来るようになったばかりの側転を何度も披露した。この光景は周りにはどのように映ったのだろう。

無邪気に『今日、お母さん帰ってくるんだよ』と言ってしまった。

誰もが返答に困ったはずだ。

しばらくして母の病室に連れて行かれた。

今日、家に帰れると言っているのに母はベッドに寝たままである。目を開けてくれない。

父が『お母さんのそばにおいで』と言いながら泣いている。

それでもまだ分かっていない私は

ウキウキとした行動をしていた。

お母さんは仕度をしてから帰るからと私は先に帰された。

家には入れてもらえず、

友達のお母さんが来て『お母さんが帰ってくるまでうちにおいで』と招いてくれた。

夕方からお友達の家で遊べることが嬉しかった。

でも『今日、お母さん帰って来るから』とその家から出た。

そのとき、

柩に入った母が玄関から入るところに遭遇してしまった。

周りは私が小さいので母の死を話せずにいたのだろう。

しかし子どもながらにこの状況がなんなのか分かった。

父が泣いていたことも、親戚中が集まっていたことも。

母と永遠のお別れだ。

何度も病院にお見舞いに行ったのに、病院でお薬飲んだのに元気にならないんだ。

触ると冷たい。『なんで冷たいんだろうね?』

父は号泣していた。

泣いてもお母さんは返事をしてくれない。

強い反対の中、結婚できたのに数年で母はいなくなってしまった。

この後、父は周りから避難を浴び、半ば縁を切られた。再婚はしていない。母への思いが強かったからだ。

私は母との思い出は何一つない。

幼すぎて覚えていないのだ。

それなのにこの日の出来事だけは

五十年近く経った今も鮮明に覚えている。

父は数年前に母の元へ旅立った。

父の最期。

意識は薄らいでいたが『お母さんに会いたい?』と聞くとしっかりうなずく。

私との最後の会話だ。

私は『わかった』と言った。それほど会いたいのならいいと。

なぜか病室に母が来ている気がした。

迎えに来たのだろう。

いま二人は一緒にいると信じたい。

#母 #父#記憶







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