見出し画像

微熱少女

小学生の頃、ひと月に一度くらいは風邪をひいた。熱が出てくると、少し
嬉しかったりしたものである。母親が、りんごの擦ったのを寝床に持って来てくれる。冷たいタオルを変えてくれる。時々額に手を当てて熱をたしかめる。いつもの何倍も優しくしてくれる。昼間みんなが勉強している時間に、自分はほかほかの布団の中にすっかり包まっていられる。

でも、そうこうしているうちに、熱が上がってくる。熱が高くなると、本も読めなくなり、天井をじっと見ていたりする。天井の木目にいろんな図柄が見えてくる。さらに熱が上がると、今度は壁や天井がゆらゆらとゆがんで見えてくる。ぐるぐる廻っているようにも見える。自分が溶け出しているのか、壁が柔らかくなってきているのか。

いつの間にか寝てしまい、気がつくと外は、真っ暗になっている。一体何時間寝ていたのか、今は何時なのか、全く感覚がおかしくなっている。周囲は静まり返り、何の音もしない。いつもより、夜が深く唐突に感じられてくる。初めてか、もしくは、生まれる前から知っていたような一人の闇の夜。

沢山汗をかいて、次の日の明け方に目が覚める。なんだか急にざわざわするような、興奮した気持ちが体から沸き起こってくる。外の鳥の声が聞こえ始め、そのうちレースのカーテンから光がもれてくる。そして、ちらちらと部屋の中に反射し、部屋中が少しづつ光の粒子で充満していく。

気がつくと、また寝ている。昼、寝ていると、まぶたの裏に明るい光の気配を常に感じることになる。家の中の母親の働いている音や、外の車の音や人々の話し声が寝ている体に響いてくる。それらが自分の今の寄り処となり、さまざまな場所から響いてくる音がそこここで、私を繋ぎとめてくるような安心感を覚える。

自分が何処にいるのか時々わからなくなる。何日か後の自分が、今の私を見ている。何年も先の私が、私に話しかけてくる。うつらうつらしながら、そのうち自分のずっと先にある、未来のようなものへ、どんどん飛んでいく。

加速度をどんどん増して、ただ光の動きのようなものになって、宇宙の遠くへ飛んでいく。そこにはどうやら未来の塵がありそうな感じがしている。寝ている自分の周囲が宇宙の空間になり、漂っている。いったい自分は今何処にいて、これから何処へいこうとしているのか。あまりに遠く予測できないからなのか、その若い私の未来の広さと大きさは宇宙をすり抜けて、ついこの間生まれる前の闇とも近くで繋がっている。

そわそわするような落着かなさと、そこへ向かいたい、知りたい気持だけの塊になって、どんどん速度を増していき、暗くて青い場所へ、じわじわと、でも物凄いスピードで、光を周囲に弱い力で照らしながら、真っ直ぐに飛んでいくような夢を見る。


#微熱少年 #鈴木茂

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?