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【ヒトツカタ】 安藤昌益

出会い

安藤昌益の存在をハッキリ認識したのは、熊野に住む愛染職人・ミュージシャンの藤本さんご夫妻の工房にお邪魔していた時でした。


安藤昌益って知ってます?」と聞かれて、どっかで聞いた名前だけど知らないと答えたら、熱心に色々教えてくれました。

今から200年前、「医者は患者の邪魔をするな。」と言って、庶民に慕われた江戸時代の町医者。「男女」と書いて「ヒト」と読むことを解き、幕藩封建制度と身分・階級差別を根本から否定して、全ての者が「直耕」(鍬で直に地面を耕し、築いた田畑で額に汗して働くという)に携わるべきであるという、徹底した平等思想を唱えた思想家。著書『自然真営道』(第25巻中「自然ノ世論」)にその考え(理想社会)が書かれている。一切の支配的イデオロギーを徹底的に批判した、世界初のエコロジストとも呼ばれている。

藤本さんは、安藤昌益の名前や名言を色抜きした「本愛染の日本手ぬぐい」も作っておられました。

藤本さんの話を聴いていて、もっと安藤昌益のことが知りたくなり、自分なりに調べてみました。そして、青森の八戸に安藤昌益資料館があり、近くには農作業を通じて、昌益が掲げた「直耕」の精神を感じ、実現していこうと無農薬野菜を栽培している昌益村という場所もあると知り、行ってみたくなりました。

青森県八戸へ

そして、その数ヶ月後、安藤昌益資料館と昌益村を訪れる機会がありました。というより自分で勝手に作ってしまったというのが正直なところです。

事の発端は、その年で外国に永住権を持つ日本人が使えるJRパスの特典(最高2週間まで一定料金でJR路線が全国乗り放題のパス。通常日本を訪れる外国人用のパスだけれど、外国に永住権を持つ日本人も対象となる)が終わる(結局終わらなかったのですが)と聞いて、この機会に最後だからチョットフンパツして、いつものオーディナリー(普通パス)からランク上げしてグリーン車が利用できるパスを買い、2週間日本全国グリーン車で列車の旅をしてみようということになりました。何か目的があると日程が立てやすいかもしれないということで、北海道から九州まで、日本全国のゲンキビトを訪ねるプロジェクトを立ち上げて、相棒と二人で旅することにしました。既に北海道帯広に友人から薦められたゲンキビトの名前が上がっていたので、北海道に行く途中に青森の安藤昌益資料館も日程に組み込んだというわけです。

八戸の駅に降り立ったのは初夏の日差しが照りつける、暑い日でした。事前に連絡を入れていたので、教えてもらった通り駅前から路線バスに乗って資料館に向かう予定でしたが、思いがけず資料館からお迎えの車を出してくださるというのでお言葉に甘えることにしました。駅の改札口には、「安藤昌益資料館を育てる会」会員で、昌益村の村長さんの山内輝雄さんが、真っ白の開襟シャツの腕を捲り上げて、日焼けした元氣な笑顔で迎えてくださいました。山内さんの写真を撮り忘れていたので、その時にスケッチブックに書き留めてあった下書きの似顔絵、とりあえず入れておきます。雑な絵で失礼します。相棒が覚えていたのは、事前にお電話でお話しした時に「初老の男性が新聞紙を丸めて持っていますので、目印にしてください。」と言われたことでした。70歳を超えておられると記憶していますが、目力のある凛とした方でした。

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昌益村・資料館へー山内さんのお話

山内さんは、まず駅から昌益村に車を走らせてくれました。

昔の百姓は、畑に行くと言わずに、山に行くと言ったんですよ。それは山を開墾したところに畑があったからなんです。」というお話を伺いながら、緑深い林を眺めていると、狭い山道を上りつめた林の中に、思いがけなく広々と開けた昌益村の畑が見えて来ました。

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「これ生で食べたことありますか?」と言って手渡された「蕗のとう」を頭から丸かじりして、大地の力強いエネルギーに圧倒されたのが、一番印象に残っています。「あ〜天ぷらにして食べたい!」と思っていると、私の心を読んだようにサササッと蕗のとうを収穫して「持っていきなさい」と勧めてくれましたが、旅の途中なので、せっかく収穫してくださった蕗のとうも辞退することになってしまって、食い意地のはっている性分としては、心残りな体験でした。昌益村の村役場は、山の麓にある山内さんのご両親のご実家を解放して使っておられ、こちらも、大変落ち着く場所でした。

資料館に向かう車の中でも山内さんのお話は続きました。

「百姓という言葉は、現代人は貧乏人の教養のない農民の姿しか思い浮かばない誤解されたイメージをうえつけられているんです。百姓というのは野菜や米を作るだけでなく、100のことができる優れた技を持った賢い人達のことなんですよいわゆる自給自足ができる技を持つ生活人ということですね。もともとの百姓の仕事が、狭い領域の農業と金儲けを優先する「農業」にすりかえられてしまったことで、本来の百姓の意味が歪んで伝えられる原因にもなっています。」という興味深いお話も聴かせていただきながら、閉館間際の資料館に到着しました。

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資料館では、閉館間際にも関わらず、館内を丁寧に案内してくださった係の方に感謝の氣持ちでいっぱいでした。東北には、情が深く優しい人が沢山います。

ヒトツカタアート:安藤昌益

そんなこんなで、消化しきれないくらい充実した1日を終えて、もう一度安藤昌益先生の偉業を想い、その「人と成り」に思いを馳せ、「アンドウ・ショウエキ」を古代文字に重ねて描いたヒトツカタアートです。

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今生きておられたら、どんなに頼りになるお医者さまだったろうと思います。「自然真営道」は、まだ読んでいませんが、いつか紐解いて昌益先生の教えをもっと深く学んでみたいと思います。そこには先人の大切な叡智がいっぱい詰まっていると直観しています。

絵を描きながら、彼の残したレガシーを私なりにつなげる生き方がしたい、と思いました。

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