今回は辻氏が提唱した「中立論」について、
1950年頃に出版された『自衛中立』を典拠に
その論旨を読解していこうと思います。
地元の図書館に所蔵されていた『自衛中立』は、
昭和27(1952)年4月5日に蔵書用に購入されたもののようです。
最初の六頁は当時の時勢を表した写真が載せられていて
一頁目から順に紹介すると、
上記の写真たちは、
憂国の思いを人々に訴えるような内容だと感じます。
この本で伝えたいことが集約されているであろう扉には、
以下のような文が簡潔に記されていました。
序文には、辻氏が各地で講演して回っていたことが
書かれています。
(インド人から寄せられた同情の言葉は、
『私の選挙戦』でも取り上げられていました。)
序文では、これ以降、
日本国内の退廃ぶりについて言及されています。
そして、序文の最後にはこう締めくくっています。
治国平天下を唱える以前に、
まず身を修め、家を斉えるべしというのは、
四書五経の一つである『大学』に言われていることです。
辻氏は尊敬する上官を、
父や兄と表現していました。
アジア諸国のことも、
日本の「兄弟」「子ども」と表現している記述を
しばしば見かけます。
私はここで、
「昔の日本は家族経営が主流だった」という話を
耳にしたことを思い出しました。
核家族化が久しい現代の感覚で見ると
違う受け取り方をしてしまうかもしれませんが、
炭焼きの家で、幼少期から家族の「一員」として
死活問題を直接左右する生計を立てていた
辻氏の目線からすると、
「家族」とは、同じ課題を共に乗り越えるために
知恵と力を出し合う実際的な同志朋輩のこと
を言うのかもしれません。
国や世界単位の危機を自覚しないまま、
自分一人の目先の利益に浮き足だったり、
自分の日々のあり様を棚上げにして
他のものに責任転嫁し、錯覚的な優越感に浸ったり
今あるものでどうにかしようという気も
奮い起こさず、絶望して卑屈に蹲っていたりして
うかうかと過ごしていれば
せっかく残った足元も、早々に瓦解する。
だから、必要なことをしよう。
この国を守るために必要なことは、
これ以上、大国の戦争に巻き込まれず
中立の立場をとることだ。
…こういうことを言いたいのだと思います。
附記では、本書について、著者による説明がされていました。
本書の全体像をあらわす目次を見てみると、
以下の通りです。
目次
辻氏は序文で、
当時の世界の趨勢と日本の進路について
「本書はそれらに幾らかの示唆を与え得るだろう。
結論として述べ得ることは、
“褌担ぎは、唯土俵上に死闘する両横綱の決勝戦を
静かに見守るべきであり、それには適当に離れた位置で、
直接両雄の下敷きにならない用心と、
砂を被らない様に自らを護り抜くこと”ではあるまいか」
と皮肉まじりに説明していました。
次回、
おそらく最も重要であろう、
第六章(結論)についての内容を引用しつつ、
辻氏の「中立論」の輪郭を特定していきたいと思います。
2024年3月24日 続く