涙腺 7 『ビデオレターの功罪 2』
Bar 雲隠れ
バーカウンターで キタコウイチは一人で バーボンロックを飲んでいた。そこにブラックスーツ(礼服)を着たオキノマコトがやってきた。学生時代の親友 桑原アキラの結婚式に列席してきた帰りだった。
コウイチは「披露宴 どうだった?引き出物を見せろよ。どうせ新郎新婦の名前が掘ってある時計だろ」と笑いながら尋ねた。マコトは「披露宴 良かったんじゃない?」と素っ気なくかえした。コウイチは時計の件に触れない素っ気ないマコトの態度に「なにかあったのかな?」と思った。しかし それ以上は話を掘り下げなかった。
小一時間位 お酒を酌み交わし ほろ酔い加減になったマコトはその日の披露宴の話をし始めた。
「新郎は桑原アキラって言って 小学校時代からの親友なんだ。運送屋のせがれで そのアキラの親父さんが 俺たち少年野球のコーチやってくれてたんだ。グラウンドで闘志が見えなかったりすると 熊みたいな大きな手で殴るんだよ。今ならコンプライアンスものだぜぇ。それに上級生が下級生をイジメてると『弱い者いじめする体力あるなら 俺にかかって来い』とか言うんだぜ。無茶苦茶な所はあったけど チームメイト みんな 桑原コーチの事が大好きだったんだ。愛が溢れている人だったし 『情熱を持って生きろ』って事を教わった気がする」と昔を思い出しながら マコトは楽しげに話し始めた。
「小学校五年生の時 桑原の親父さん 突然 コーチを辞めたんだよ。それ以来 街で姿を見ることがなくなった。桑原の親父さん 親戚に騙されて 多額の借金を背負わされたらしいんだ。運送屋も廃業に追い込まれて 借金取りもアキラの家に頻繁に来るようになった」とマコトは深妙な顔で話した。
「家族に迷惑がかかるからって 桑原の親父さん離婚して ひとりで街を離れた。20年がかりでコツコツと返済していったらしい。その間 お袋さんは女でひとつで アキラと楓ちゃん(アキラの妹)を育てていったんだ。親父さんがコーチやっていた時は 野球部全員分のおにぎり作ってくれたりもしてさぁ。逆に お袋さんは対話に時間をかけて物事を教えてくれた。予選大会で チームは劣勢状態だった。やっとチャンスが巡ってきたんだ。それなのに相手チームはウチの4番を満塁で敬遠しやがったんだよ。押し出しで一点取られるよりも 勝負して4番に長打される方が危険だっと予想したんだろ。俺は悔しくって 『お前らチ○コついてんのか!男なら勝負だろ』って野次っちまった。お袋さんが『相手チームには 相手チームなりの考えや立場がある。好き嫌いはあるだろうけど 相手の事は尊重しないといけない。マコト お前はスポーツマンだろ』って教えられたんだ」と話し続けた。
「お袋さんも昼は建設会社の事務で夜はスナック。お酒飲めるようになって アキラと一緒にお袋さんのスナックによく行ったよ。毎回 カラオケでテレサテンの曲を歌ってくれるんだけど それがとんでもなく音痴なんだよな。アキラが結婚が決まった時 親父さん『アキラの父親として列席したい』って言って お袋さんと籍を入れ直したんだ。本当に尊敬した」と目に光るものを浮かべながら マコトは語り続けた。
「披露宴で20年振りに親父さんと再会したんだ。熊みたいな手は変わらなかったけど 身体はちっちゃくなってたなぁ。髪の毛も真っ白でだいぶ薄くなってた。桑原の親父さんとお袋さんには物語がある。もちろん 増井さん達にも物語があるのは理解している。ましてや 亡くなられた方を冒涜するつもりは毛頭ないんだ。ただ 披露宴にはビデオレターを流していない家族も同席しているって事を配慮して欲しかった。『増井さん達の煌びやか生活』『親娘愛』そして 『ビデオレターと言う魔法』で 参加者全員が まるで増井さん達だけの結婚式のような感じで 祝福していた。あれじゃ 増井家の単独講演会じゃないか」とマコトは嘆いた。
【続く】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?