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忌日 と 輪廻転生



【忌日 と 輪廻転生】

2/22 goodmorning

2022年2月22日と2並びの今日は猫の日と言われているけど、我が家の猫sはいつも通り。


毎朝見る、今日は何の日を読んでいると、猫の日より2月22日が忌日のひとたちのほうが魅力的だったので、忌日について書こうと思う。

命のあるものは、生前の行いによって裁かれ、#輪廻転生 により次の生まれ変わり先が決まる。

が、仏になると輪廻転生を繰り返さず、浄土で心が穏やかに過ごせるので、誰もが仏となって穏やかな暮らしをしたいと思うし、送る家族もそれを願い様々な決まりごとを果たす。

だが、今日お亡くなりになったと言われるかたたちは、ほんとに仏となって浄土で穏やかに暮らしたいなんておもっただろうか。

この世への未練ではなく、波乱万丈ながら濃い暮らしのほうが「生きている実感」を感じるひとたちはいるはずだ。



たとえば、#聖徳太子 なんかは、ほかの方を浄土への導く仕事が忙しいので、のんびりはできてないはず。


#後鳥羽上皇 は自ら「万一にもこの世の妄念にひかれて魔縁(魔物)となることがあれば、この世に災いをなすだろう。我が子孫が世を取ることがあれば、それは全て我が力によるものである。もし我が子孫が世を取ることあれば、我が菩提を弔うように」と、言い残しているのだから、浄土でおとなしくしているはずがない。


#柳原白蓮 については、常人の何人分もの人生を送り、贅沢にくらし、最後はすべてをすて最愛のひとと恋愛し、長く添い遂げたのだから十分のように思うかもしれないが、

前半の人生、いくら金銭に困らずとも彼女のプライドは傷つくことが多かったのだから、知性的なひとたちとの人生を送りたかったと、浄土の切符はいらないと突き返したような気がする。


画家の藤田嗣治など、パリで活躍する日本人芸術家を支援し、美術や音楽、演劇などの文化後援に惜しみなく私財を投じた #バロン薩摩 も2月22日に亡くなっている。

バロン薩摩に関しては、生家の財も自分の財も使い果たし、芸術文化を育て支えきり、多くの芸術家に道をつけたのだから、仏となって浄土から下界をみているかもしれないが、再びのバロン薩摩を望むひとは多いかもしれない。

そんなこんなで珈琲を飲む。

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