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第41.1回 【補講】どうしてB音はドイツ音名ではH音なの?

📚[🎼和声法]旋法和声、悪魔の音程
📚[🛡音楽史]音名、悪魔の音程、ルネッサンス時代、グレゴリオ聖歌、調律の変貌
📚[🧩様式論]グレゴリオ聖歌
📚[⌁音響物理学]調律
📚[🌌現代音楽]微分音和声
📚[🎻楽器法]ラッパ

 第41回ではドイツ語音名について勉強したけれども、そこで誰もが必ずといっていいほど思う、こういう質問が出てきたね。

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 じつはこれっていろんな説があるんだけど、ひとつだけはっきりしているのは、最初から「H(ハー)」と呼ばれていたわけじゃないってことなんだ。つまり、もともとは英語と同じように「B(ベー)」と呼ばれていたということ。

 じゃあどうしてそれがH(ハー)音と呼ばれるようになって、B(べー)音が英語音名のB♭音を指すことになったのか、という話になるんだけど、ここで第17回で出てきた「ロクリアン旋法は理論の上だけの音階だった」というのを思い出してほしいんだ。
 さらに第17.5回で、増4度や、その異名同音である減5度は「悪魔の音程」とさえ呼ばれていたというのも出てきたね。

 第4回では、もともと今のピアノの鍵盤でいうところの黒鍵は無くて、白鍵だけだった、という話もしたと思う。そして、次第に半音が増えていって、今の12個の鍵盤になった、とも。

 勘のいい人は気が付いたんじゃないかな。
 半音のうちで最初にできたのは、英語音名でいう「B♭音」だったんだ。なぜって、B音を使ったら「悪魔の音程」ができちゃう。「悪魔の音程」を作らないためには、F音から見て完全5度下の音があればいいわけだからね。

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 そうなんだけど、それだとG音へのドミナント性が生まれてしまうんだ。

 バロック時代よりも前の時代を「ルネッサンス時代(ルネッサンスじだい)」と呼んだりするんだけど、この時代を含めて、それよりも以前になると、今のような調性感は少なくなっていく。その最大の理由はドミナント性の少なさにあって、もっとはっきり言うと、当時は強いドミナント性を避ける傾向があったんだ。
 どうして避けてたの?って思うかもしれないけど、当時はそういう感性だったとしか言えないかな。ルネッサンス時代を含めた中世の音楽は、「グレゴリオ聖歌(グレゴリオせいか)」と呼ばれる讃美歌を中心とした教会音楽が主流になるんだけど、日本や仏教、古代中国でいうところの幽玄的な、霊験的、荘厳的な音をよしとしていたんだ。
 そんな幽玄さに、他の調性への強いドミナント性はそぐわないとされたのかもしれないね。

 そんなわけでB♭音ができたわけだけど、ふだん使う音がB♭音で、B音は使うのを避ける音にするんだったら、B♭音をB音と呼ぶほうがいいんじゃないかって考えた誰かがいたんだね。そもそも、当時はまだ「♭」なんて記号も無いから、そのB♭音を何と呼ぶのか、ということにもなったんじゃないのかな。
 そこで新しくできたその半音を「B音」と呼ぶことにして、もともとあった「使うのを避けるB音」は「ABCDEFG」の次だから「H音」と名前を付け直された。

 それから、これが関係あるのかどうかは僕にもよくわからないんだけど、ルネッサンス時代前後と今とでは、調律が200セントほどずれているという話もあるんだ。ようするに、今は昔と比べて全音ほど高く調律されるようになっている、ということなんだけどね。
 実際、調律は時代とともに少しずつ周波数が上がっているとは言われていて、よく、A音を440ヘルツに調律するなんて言うけれども、これよりも数ヘルツ高めに調律することが多かったりする。調律を高くすると音が明るく感じるようになると言われていて、それを反映したものなんだ。

 音が高くなると明るく聴こえるというのは、第36.4回で出てきた微分音を使って、実験をしてみると体感しやすいと思うけど、たとえばこんな感じ。

譜例_41_11

 ひとつめの和音はA音、E音、C音、G音を重ねたもの。つまり構成音はA音、C音、E音、G音。前回に勉強した和声記号で書くならば「a-moll:Ⅰ₇」または「C-Dur:Ⅵ₇」となるかな。
 構成音のそれぞれの音程差をセントで書くと、A音からC音は短3度で300セント、C音からE音は長3度で400セント、E音からG音は短3度で300セント。これは問題ないよね。

 ふたつめの和音はC音以外を四分音上げたもの。セントで言えば、それぞれの音程差は250セント、450セント、300セント。
 C音だけ移動していないからA音からC音までの300セントのうち、四分音の50セントがCからE音の400セントに移った計算だね。
 響きとしては、ひとつめの和音と比べて明るめに感じる人が、それなりにいると思うよ。

 みっつめの和音は、ひとつめの和音からC音だけを四分音下げたもの。つまり、それぞれの音程差だけを見れば、ふたつめと同じもの。だから和音の響きとしては、ふたつめと同じはずなんだ。
 だけど、ふたつめの和音よりも暗く響いて聴こえるという人が多いと思う。さらに言っちゃうと、ひとつめの和音のように聴こえるという人も多いんじゃないかな。

 これが心理的なものなのか、物理的にも何か違うものがあるのか、そこは僕にもよくわからないけど、暗い音楽よりも明るい音楽のほうがいいのは誰でも同じで、せっかく聴くならば楽しくて明るい音のほうがいいよね。調律が上がっていった理由がここにあるんだ。

 ちなみに第38回でちょっとだけ出てきたけど、楽器によっては調性の記譜法が違っていて、例えばトランペット等では長2度上げて楽譜を書く。これは、トランペットをはじめとした一部の楽器の調律が長2度下がっていて、ト音譜表の下第1線に書かれた「ド」を吹こうとすると「B♭音」が鳴ってしまうからなんだけど、こうした楽器を「B♭管(ベーかん)」と呼んだりする。
 もともとトランペットをはじめとした金管楽器は音階のとぼしい楽器で、お薬「正露丸」のコマーシャルでおなじみの須摩洋朔さん作曲『食事喇叭』は「ド」と「ミ」と「低いソ」だけでできた曲だけど、ピストンバルブと呼ばれるボタンみたいなしくみが無ければ、これくらいの音、つまり出せてもせいぜい2倍音から8倍音までの限られた音しか出せない楽器なんだ。

譜例_41_12

 仮に「ド」「ミ」「ソ」の音くらいにしか使わなかったとしても、それではさすがに使い勝手が悪いから、「クルーク」と呼ばれる部品を差し替えることで他の調性にも対応させたりしていたのが昔のラッパなんだけど、トロンボーンみたいに管をスライドさせることで基音を変化させたり、今のトランペットみたいにバルブを作って複数の基音を持たせたりというしくみが確立して以降も、B♭管が一般的のまま、習慣として現代に残った。

 世の中の調律が少しずつ上がっていくことと、トランペットの調律がB♭のまま残されたこととは直接的には何の関係もないのかもしれないけど、結果としてどちらも全音という音程差となっているのが、僕には不思議に感じるんだよね。

 というわけで今回はここまで。
 次回も補講で、和声法の注意点についてお話しておきたいことがあるんだ。

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