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第34回 ベースの魔法

📚[📖楽典]並行調、転調、ベース
📚[🎼和声法]機能和声、バス、並行調、借用和音、多調
📚[🎶コード理論]ベース、オンコード、ポリコード
📚[🧩様式論]多調、ポリモード
📚[🎵ソルフェージュ]読譜、視唱

 前回は「トニック」の特徴について勉強したけれど、今回は「ベース」で遊んでみようと思うよ。

 まず最初に、知ってる人も多いかもしれないけど、「ベース」にはいくつかの意味があって、「低い音やそのパート」のほかに「和声的に支える低い音」や「低音の鳴る楽器や奏者」のことを指したりもするんだ。どれも「低い音」に関係することには変わらないね。
 今回は2番目の「和声的に支える低い音」という意味の「ベース」について扱うよ。

 「和声(わせい)」は「和音」によく似た言葉なんだけど、和音と言ったときは和音ひとつひとつのことを指して、和声と言ったらその和音の響きがもつ意味や、進行なども含めた意味になることが多いかな。
 第32回で「トニック」「ドミナント」「サブドミナント」という言葉が出てきたけど、これをまとめて「TDS(ティーディーエス)」なんて頭文字で呼んだりもする。TDSは進行する上でのそれぞれの音の役割をつかさどるもので、それを「機能(きのう)」とも表現したりするよ。
 「和声的に支える低い音」とは「機能を持ったベース」と言い換えることもできるね。

 楽曲のそれぞれの演奏パートで、一番重要なのは、たとえば歌の付いた曲ならば歌詞のある「主旋律(しゅせんりつ)」が大事だと思っている人は多いかもしれないよね。確かに、曲を鼻歌で歌ったりするとき、主旋律をなぞるのがふつうだから、それは間違っていないと思うよ。
 でも、音楽性の秘密はベースにあると考えても言い過ぎじゃないんだ。

 さて、これはイギリスの童謡『ロンドン橋が落っこちる』の楽譜だよ。リズムはちょっと簡単に変えているけどね。

譜例_34_01

 ロンドン橋がひんぱんに流されていたのは西暦1000年頃のこと。この曲を書いたのが誰なのかは、よくわかっていないみたいだけど、1700年から1800年代にかけてと言われているから、少なくとも実際の事故を目撃したことはないはずだよね。
 イギリスでは日本の『通りゃんせ』みたいなゲームで使われる「わらべうた」で、向かい合って手をつなぎ、その手を上に持ち上げた状態にする。これを「ロンドン橋」に見立てて、歌いながら、ほかの子たちがその橋の下をくぐりぬける。歌が終わるところで橋を降ろして、閉じ込められた子が負けというゲームなんだ。だから楽しげなメロディーでもあるんだと思うよ。

 この曲に、ごくごくふつうのベースを付けるならば、たとえばこんな感じになるかな。

譜例_34_02

 なんのへんてつもない、本当にふつうの『ロンドン橋が落っこちる』なんだけど、ところがこんなふうなベースを付けてみると…、

譜例_34_03

 なんだかどことなく暗くて、しんみりした感じに聴こえないかな。
 楽器を弾ける人はメロディーを弾いてみるとわかるけど、旋律も、そしてベース以外の伴奏も、まったく変えていないよ。ただ、ベースを全体的に3度ほど下げただけなんだ。それなのに、曲全体の印象が変わっちゃった。
 僕はこうしたベースのふしぎな力を「ベースの魔法」なんて呼んだりしてるけどね。

 どうして曲の雰囲気が変わったのか。その理由は、ベースが3度下がったことでハ長調だったものがイ短調に変わったから…なんだけど、この説明の仕方ではちょっと不親切かもしれないね。

 「和声的に支える低い音」とか「機能を持ったベース」って言い方をしたけれど、じつはベースとは、和声の機能そのものとも言えるんだ。つまり、TDSの機能はベースが担っているということ。すごく大胆な言い方をしちゃうと、主旋律がトニック性を持っていても、またはドミナント性を持っていても、ベースひとつでそれがひっくり返っちゃうこともあるということなんだ。

 TDSだけじゃなくて、調性、旋法もベース次第だと思ってもいいかもしれないよ。
 たとえばこんな感じにしてみたりとか…。

譜例_34_04

 3段目、ヘ音譜表の第2線にかっこ付きの♭が書かれているね。この楽譜のベースは、じつはヘ長調になっているんだ。
 その上に乗っかっているのはメロディーも伴奏も、もとのままのハ長調。つまり、ヘ長調のベースにハ長調が乗っているかたちだね。こういった、2つ以上の調や旋法を同時に演奏する様式を「多調(たちょう)」、または「ポリモード」と呼ぶよ。

 ベースがヘ長調であることは、この楽譜のベースだけを弾いてみるとわかるよ。

譜例_34_05

 F音がトニックになっているのがわかるかな。

 そしてこの曲の響きからC音を抜き出しても、ドミナント性をもって聴こえるようになっちゃう。

譜例_34_06

 つまりこれが、ベースが調性の主導権さえも、にぎっているってことなんだ。ベースひとつで楽曲全体が変わっちゃう、「ベースの魔法」の力だよ!

 ところで、楽譜を読んだり、その音を頭の中で鳴らしてみたり、声に出して歌ったりという訓練のことを「ソルフェージュ」と呼び、そうしたことのできる技能を「ソルフェージュ能力」なんて言ったりするんだけど、このポリモードになっている曲ってベースだけだとヘ長調だから、ソルフェージュ能力が少ないとハ長調の音階を取りづらかったりするんだよね。ということは、この曲ってソルフェージュの練習にもなりそうだよね。
 ベースだけになっている音源は上のほうでも載せてあるけど、メロディーだけをのぞいたカラオケになっている音源もあげておくから、練習してみたい人は試してみてね。『ロンドン橋が落っこちる』の歌自体はよく知られているし、そんなにむずかしくもないから、ソルフェージュの練習にはいいんじゃないかな。
 歌詞の1番目は固定ド、ハ長調で歌った場合。2番目は移動ド、ヘ長調で歌った場合のものだよ。

譜例_34_07

 というわけで今回はここまで。魔法みたいなベースの力を感じてみたね。
 そして、『ロンドン橋が落っこちる』のベースを3度ほど下げたら何となく暗い感じになったけれど、次回はどうしてそうなったのか、そこにせまってみようと思うよ。

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