人魚姫
荒れた海の上で大きくて豪華な船が木の葉のように揺れている
その船は社会勉強のため、各国を訪れていた、とある国の王子を乗せていた
王子はとても美しく、どこの国へ赴いても歓迎されたが、王子はただ美しいだけで中身のない人物だと直ちに見抜かれた
しかし王子の国の王は莫大な資産家だったため、王子の振る舞いは誰にも諌められることなく見逃された
王子は自分が美しいことを知っていて、父である国王の力も知っていたために、自由気ままに振る舞った
特に女性にたいしての姿勢は誰もが眉を顰めるほどだったが、年若い娘たちは王子の美しさと王子という地位故に王子に夢中になった
そして王子に捨てられた娘たちは皆一様に口を揃えて言った
「私には高過ぎる身分の方だったのよ」
今王子を乗せたその船は季節外れの嵐に襲われていたが、しっかりとした造りの船は荒波に負けじと帆先を自国へと向けて、悠然と滑っていた
深い海の中では荒波の影響はあまりない
海面を見通しにくくなるくらいだ
その海の中を泳ぐ影があった
美しい尾鰭に、美しい虹色の鱗、美しい娘の上半身を持った人魚は、船を見上げながら泳いでいた
彼女は海底に暮らす人魚の王国の王の末娘で、海の外に憧れていた
たまに海面から見える陸を闊歩する人間にも憧れていた
人間との交流は禁じられていた
人間と仲良くなっても悲しい結末になることが多いからと昔語を聞かされて育った
確かに人間に近づいて帰ってこない人魚もいた
帰らない人魚は海に戻ることができず、泡になって消えてしまうと聞かされた
陸に上がれば尾鰭は人間のような二本足に変わるけれど、長時間そのままでいると戻れなくなるとも聞かされた
だけど、と彼女は思う
だけど、帰らなかった人魚みんなが泡になってしまったわけではないんじゃないかしら?
陸で暮らしている人魚がいるんじゃないかしら?
そんなふうに人間に憧れながら、彼女は荒波に揺れる船を見上げる
と、船から誰かが海の中に落ちてきた
彼女は深い海の底からゆっくりと船の方へ近づいてゆく
船の速度は変わらず陸を目指して進んでいる
海に落ちた人間は踠きもせずにゆっくりと沈んでくる
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