家族のありがたみ
25年間つつがなく(?)生きてこれたのは母のおかげといっても過言ではない。
幼少時代からメンタルが弱かった私は、幼稚園は園の前にいたうさぎの着ぐるみが怖くて登園拒否になり、小学校低学年は男の子にいじめられ登校拒否になり、私は学校も行かずに、将来どうなっちゃうんだろう・・・と幼いなりに心を痛めていた。
それでも何とか生きてこれたのは、別に行かなくても最悪いいじゃん、と
励ましてくれた母のおかげである。
絶対的に存在を肯定してくれる人、というのが小さい頃には必要不可欠だ。
小学校高学年になり、学校になじみ始めると母は、成績第一主義の教育ママになってしまったけれど…。笑
当時は、勉強勉強うるさいなあ。とうっとおしく感じていたが、そのおかげで「忍耐」(嫌でも勉強をしなければならないんだなあ)は身に付いた。
会社で嫌なことがあっても、忍耐だけはあるので、急に投げ出したりしなくなった。
どの親にもいえることだけれど
いいところばかりでなく、よくないところもあった。
母は、過度に心配性だったため、いろんなことを禁止されてきた。あれはダメ!これはダメ!そのうち、あの子とは遊んじゃダメ!とかになってくる。
そのおかけで必要以上に周りの顔色を伺うようになってしまった。
また、人から「OK」がもらえないものに関しては
推進しちゃだめだ、と思ってしまい、自分の判断に自信は持てない。
それでも、親元を離れてみると親のありがたみは感じるし、お父さんが寂しがってるからたまには実家に戻ってきなさいよという母が、一番わたしの帰りを待っていることを知っている。
そして、私がそれなりに生き生きして帰ってくると本当によかった、とホッとしたような顔をする。
その、ほっとした顔をみると、私の幸せを願っているのだなあということが分かってきて、私は愛されていたのかなと感じることができる。
言外にある思い、あれはダメ!これはダメ!と禁じられてきた裏の思い、
そういうものは表情やふとした瞬間に気付かされる。
私は、親からはもう自由なのだから、自分の人生は自分で判断したらいいのだが、母は本当は私の幸せを願っていたのだな、と感じる気持ちは、ずっと大事にしたい。
もうすぐ母の日。今年はお花を贈ろうか、実家に帰ろうか。
本当はどちらもやった方が親孝行なんだけどね。
まずは元気で生きていることが、大事なのだと思いました。
おしまい
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