Webライターラボに入った理由〜孤独とお金と現実主義〜
私がWebライターラボに入ったのは、2021年12月4日。
オンラインサロンに入るのははじめてだったし、収入0円ブロガーだったので、決済する指が震えたのを覚えている。
その日に聞いた中村さんのvoicyはこちら。
当時から変わらぬ現実主義。
そのスタンスが、夢みがちな自分に喝を入れる意味でも心ひかれ、入会を決めたのだ。
クラウドワークスで稼げず、ブログで稼げず
私がWebライターをはじめたのは、2020年1月。
まだまだ子どもたちが小さかったので、在宅で、自分の力で少しでも稼ぎたい。そう思ってはじめた。
はじめての案件は、24円のタスク案件。
相場感覚などまるでなかったし、ただの出来損ないの主婦だからと、自信のカケラもなかった。
だから、4000文字100円とかいう、意味わからん仕事を受けたほど。笑
夏頃から、月10記事(3500文字/1記事)で手取り12000円ほどの案件をゲットし、内容がおもしろいからと、必死に書いて提出。
半年以上継続したものの、余力はなく(娘の不登校もあり)疲れてしまったため案件終了とともに、いったんWebライターをお休みした。
今度は、歴史ブログをはじめた。
でも、マネタイズできない。無理矢理アフィリにつなげてみても導線が気持ち悪すぎた。
1円も稼げないまま、増える書籍代に、不安がつのる。
圧に屈する
娘がひとりで、登校できるようになったのが10月か11月ころ。
10年ぶりのひとり時間となった。
(当時:次男・年少、次女・年長、長女・小2、長男・小4)
すると、今度は、旦那からの圧がかかった。
「オマエ、働かないのか」と。
義母までもが「町の図書館職員募集してたで」と、ゴシンセツニ。
・・・圧。
崖っぷちだった。
孤独はよくないと気づいた
そんなとき、思い詰めて友人の家へ遊びに行った。
雨の日だった。
思い切って、私が書いたブログを見せる。
「へぇー!すごいじゃん!おもしろい!」
と彼女はすごくほめてくれて。
自己評価が地中に染み込むほど低かった私は、驚いた。
「書くことで、人を楽しませることができるんだ。」
「私はたった1人で書いていたけれど、読んでくれる人がいるってうれしいものだな。」
そんなことを思った。
仕事の相談もして、雑談もして、元気になって帰宅。
ペダルに足を乗せ始めていた。
夢を壊してくださってありがとう
正直にいうと、いくつかオンラインサロンの候補があった。
中村さんのvoicyがはじまったのが、私が入会する1ヶ月前の2021年11月。
有益な情報を毎日発信してくださっていた。
そこで、刺さったのが、現実主義というワード、そして、個人ブログでマネタイズはかなり難しいということ。
そうして、2021年12月4日。
私はメルマガ登録28日後に送られてくる決済リンクをポチッとしたのだった。
当時はラボも200人前後。今よりも、まったりしていたイメージがある。
ライブ講義は20時から。メモをとりながらきいていた。
中村さんは、当時から「飛び込む勇気」という言葉で、まわりを鼓舞し続けていた。
私も、1月のラボコラムに立候補したり、新しい案件に応募したりと、少しずつそれが身についてゆく・・。
そこまで稼いだわけではないし、これから!という時に、第5子を授かったため、失速した感はあった。
だけど、実績は確実に自信になるもの。第5子の産休のあたりでも「また新しい案件に応募すればいいや」と楽観的になれたのであった。
思い起こせば、ラボ様様じゃないか!
思い起こせば、ラボに入って、できるようになったことは数多くある。
Discordの使い方、ライブ講義の参加、X(Twitter)でメンバーとつながること、アウトプットすること、テキストコミュニケーションやライタースキルにまつわるあれこれ。
それに、オンラインでの交流。
zoomが怖くて、嫌な汗をかきながら話す…顔出しなんてとんでもない!そんな私だったけれど、ラボトークや交流会で、完全に慣れました。笑
むしろ、楽しくなっちゃっている自分がいる。
また、流星のごとく現れた、おーつーさんとのご縁で、豪華な読書会を開催。また、ラボのつながりからの、スタエフや方眼ノートとの出会いも…。
思えば、ラボが「きっかけ」や「はじめて」になって、今に至ることばかり。
心が熱くなりました。
今もそこまで書き込みしていないし、作業部屋は抜け忘れちゃうから入っていません。
でも、これからもよろしくお願いします。
Discord名:くるみ
#Webライターラボ2409コラム企画
追伸
あたたいみなさんがお待ちしていますよ!
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