夏にピリオドが打たれる時 (まおちーありがとう)

 ついさっき夏が終わった。

 池袋、土曜夜中4時、久々のサークルの同窓会。気が付くと居酒屋の片隅でもうすぐ30になる男に俺は左乳を噛まれていた。噛ませておけば満足するか と思っていたが冗談と暴力とを履き違えている力で噛んでいたためなんとかして振り払った。10人程度の飲み会である。誰もこちらは見ていない。俺は悲しくなった。今どうしてこんな薄汚れたおしりかじり虫みたいな生き物が俺の横にいるんだ。

 遡ると5月。久しぶりに動いたのは同期のグループラインだった。
 「9月にOBライブやります」。
 同じ時期、俺は中学生の時からの心の星、浜田省吾のライブドキュメンタリーを映画館で見て号泣していた。音楽がやりたい。ポップコーンとビールとが涙で喉を通らない。こんな気持になったのはいつ以来か分からなかった。

 俺はハイだったのだ。

 無理やりメンバーを集めて、3ヶ月ほど放置した。お盆、俺の精神状態は最悪のところに来ていた。原因はわからない。とにかく自分を殺したかったし大学時代の友人に会うなど考えるだけでも悪寒がした… 自分に。
とにかく行きたくないとあゆむ(俺があいちゃんと呼ぶ、遠いながらも心の友である)に打ち明けると夜中電話がかかってきた。彼と彼のバンドメンバーとの4人からだった。
 「気が滅入ってるならバカしかいない環境に一瞬戻って気を休めなよ」
 「とりあえずこっちおいで」
とその内の一人である友人まおちー(女傑、丸顔美女。結婚おめでとう!)が言ってくれた。彼女のふとした優しさがじんわりと効き目頭が熱くなり、行くと二つ返事で言ってしまった── 俺は本当にチョロいのだ。

 金曜日の早朝6時、台風直下の新宿に降り立った。いつもに増して灰色の街。夜8時から大学生以来のスタジオ練習があるかと思うと寒気がした。
 夜8時、池袋。泥酔。酒の力を以て初めてスタジオのビルのエレベーターに入ることができた。マイクを繋ぐことはできたが真っ直ぐ歩くことはできなかった。むっちゃん(後輩。俺にめちゃめちゃ優しくしてくれるイカれた女)に介抱してもらい、スタジオ後に終電まで公園で酒を片手に話を聞いてもらった。2時、西新宿。先日予約した謎の民泊を探しに探し、キャリーケース片手に新宿駅から1時間程歩いている最中だった。都庁が向こうでゆらゆら揺れている。安住の地を探してさまよった古代ユダヤ人はこんな気持だったのかと汗だくで朦朧としながら想起する夜だった。

 昼、二段ベッドの下で目を覚ました。ベッドと外とを隔てるカーテンを開けると携帯を弄っているアラブ人のおっさんとこんにちは。どうやら俺以外全員アラブ系の外国人らしかった。安住の地がまさかホントにパレスチナティックだったとはヤハウェにも予想できまいだろう。シャワーで熱湯を浴びている最中意識が回復していき、ベッドに置いてきた財布を思い急いでシャワーを上がった。幸い誰も俺のしょうもない荷物には触っていなかった。平和の民である彼ら宿泊客(7人)に感謝しながら建物をそそくさと後にした。

 ライブハウスに着くとこれでもかと言う程に、能動的に忘れようとした過去とご対面を果たすことになった。エネルギーが必要になった。こういう時に酒はいい友人の振りをして近づいてくる。酒のお陰で歯車を1段2段とゆっくり上げることができ、ニコニコ楽しく過ごすことに本当に重宝した。ライブは楽しかった。

 打ち上げまで行くと程よいところを超えて気持ちよく酔っ払っており、ベラベラと喋っていた。1次会は20~25人程度が集まっておりだいぶ幸せな時を過ごした。今宵はほったさん(後輩。埼玉に一人暮らししている時代、ホントにそこでずっと遊んでくれた)が家に泊めてくれる。その安心感も大きかった。
 「2次会?俺は家主についていくよ。ほったは…  あ、行くの??」。

 ギアが下がりに下がりきった頃、俺は左乳を噛んでくるバケモノの相手をする羽目になっていた。

 朝5時。道に倒れて惰眠をむさぼるそいつとしゅんたという後輩(こいつはほとんどの会でゲロゲロに酔っ払い支離滅裂なことを言い潰れて寝て大迷惑をかける野郎なのだが、ゲロまみれでもニコニコふわふわしているため大抵皆から許され愛される謎のキャラクターなのだ)、起きているのは家主であるほった、まおちー、俺、もう一人。計6人で絶望的な朝を迎えていた。タクシーを捕まえ薄いゲロに塗れたしゅんたを詰め込みまおちーとほったとでほったハウスへ。とにかくこの寝潰れてるバカを介抱しないといけない。さながら緊急搬送のタクシーは朝日に照らされオレンジ色に輝く川の上、首都高を時速80キロで駆け抜けていく。ビルの窓ガラスに反射する暖かい光。アホみたいだが、あんなに美しい朝を目の当たりに鑑賞できたのは人生の中でも本当に幸運だった。

 シャワーを浴び家主が寝た頃、家主のパソコンでまおちーと映画を見た。「RUN」という代理ミュンヒハウゼン症候群のサイコホラーサスペンスだ。めちゃめちゃ面白い映画だったので2人でハラハラドキドキしながら1時間半を過ごした。気兼ねない友達と一緒に映画を見る、これがどんなに幸福なことかがわかった。彼女とは共通の話題があまり無いのだと一方的に今まで思っていたが、クソ映画ハントが趣味だとその場で聞いてつい
 「本当に学生時代から仲良くしとけばよかった」
 と思わず口から出てしまった。今更こんな後悔を感じる瞬間が訪れるとは思っていなかった。

 朝9時、映画を見終わり2人で煙草を吸う。彼女の話を静かに聞く。日差しの強い、透き通った青空が映える美しい朝だった。

 途中昼3時頃皆で起きて牛丼を食ったりしたが、次に目を覚ました時は部屋が真っ暗な夜6時半だった。7時、ほったと男二人で近所の銭湯に行く。夏の終わりの気配を生ぬるい風から感じる。彼とサシで風呂に入るのも数年ぶりだ。縁が切れてなくて、本当によかった。

 夜12時、深夜バスの激しい揺れの中目を覚ました。あの後夜9時、服を着替えて走って新宿に向かったのだ。余韻などが追いつけないスピードで走ったから、なんとかこのバスに乗れたのだ。24時間以上経った今、余韻が東京から徳島へ、自分の体へと追いついてきた。朝徳島駅に着いたバスから降りるとそこは豪雨の中だった。夕方に起きて外を歩くと風が涼しい。昨日の夕方の風と温度が違う。あの大雨が夏と秋との境目だったのだ。

 生きていると全てが過去になってしまう。あの後まおちーと堀田は別の後輩と花火をしに遊びに行ったらしい。「また東京きてね」と彼女から俺に、その後輩たちが花火をしている姿が送られてきた。俺にとってはこの夏の最後の花火がこのアメ民OBライブだった。夏から顔色を変えた風を浴びながら一人で吸う煙草に、直近の思い出と彼女たち皆の優しさがオーバーラップして少し涙目になった。

 胸ポケットに煙草をしまうと少し痛みがした。忘れていたがそこはついこの間誰か何かに噛まれた跡だったのだ。


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