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絶体絶命

 朝、目が覚める。当たり前の日常が始まる。
夕方、風呂に入る当たり前の日常が、当たり前のように終わりを迎える。
日常の中で、死にゆく命がある。その命もまた、運命であるのかのように終わっていく。
 人間は等しくみんな死にゆく。その命の中で何をするかによって、命の価値は変わる。何を遂げるかによって、惜しまれるのか、恨まれるのか、なんとも思われないのかが変わる。
 命は皆平等という幻想は崩れ始めている、時間は皆平等だという幻想も崩れ始めている。死だけが、平等に与えられる。

 電車は定刻を5分過ぎて走り始める。そのおかげで、私はぎりぎり乗り遅れずにすんだ。こんな偶然でさえ運命だとしたら私は何を望んでこの先、生きて行けば良いのだろうか。
 乗客はすべからく首を曲げて、手元を見ている。スマホ、本、新聞。持っているものが違うだけで、皆一様に手元を見ている。誰とも目が合わないし、私以外に頭を持ち上げているものはいない。何だか、一人だ。他人に無関心な大衆の中に浸っていると、自分が電車の荷物置き場にでもなったような気がする。
 私は席を立ち上がり、できるだけ何も考えないようにしながら運転席へ向かう。偶然、いや、これも運命的に運転席の扉を開けて人が出てくる。私はそいつが扉を閉める前に、隠し持っていた拳銃で頭を正確に撃ち抜く。開け放しになった扉を通りながら、私は運転手に向かってスピードを緩めるなと脅した。
遠くに、発炎筒を掲げる初老の女性が見える。車の後輪が砂煙を巻き起こしながら、どうにか抜け出そうとしている。あぁ、これもまた運命なのだ。
 パニックになった乗客が後ろの車両へと走って行く。誰かが落としたスマホから、聞き覚えのある洋楽が音割れするほどの爆音で流れる。運転手が大量の汗をかきながら、発炎筒を振る初老の夫婦を救うのか、乗客と自分の命をとりあえず延命させるのか。私はトロッコ問題の答えを見れそうだ。

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